わざわざ町にまで出向いて色んな人に尋ねたのに知的好奇心をなんら満たせず、それでも持ち帰ったお土産は妙に鬱屈とした疑念くらいしかない。
もちろん、真実があの町から得られなくても、『あいつ』についてのアテはまだ残っている。
タケモトさんがいる、というより位しかいない。
弟もそれを感じたのか、ずっと黙りっぱなしだ。
タケモトさんが『あいつ』かもしれない、その可能性を知ってしまった今となっては、『あいつ』について尋ねるなんて俺には心苦しくて無理だった。
他人の過去に、人生にあまりにも踏み込みすぎた、弟を無理やりにでも止めるべきだった、と俺は後悔していた。
だが突如、意を決したかのように弟は立ち上がり、俺に向かって声高に言う。
「タケモトさんに聞いてみよう」
やっぱり、そうくるのか。
「分かっているのか。俺たちの求める答えなんて、そこにはないかもしれない。場合によっては、後戻りもできない」
「兄貴。今のこの状態で、夜ぐっすり寝て、明日の朝気持ちよく起きれるのかよ」
「……」
「今日、寝れるのかよ!」
「……寝れない」
俺たちは『あいつ』について、既に片足どころか半身が浸かっている状態だった。
出ようと思えば出れるだろう、だが向こう岸にはたどり着けないし、半身はビショビショになったまま。
俺たちはたとえ全身がズブ濡れになろうと、向こう岸にたどり着けるか分からなくても進む道を選んだのだ。
俺たちはタケモトさんに、『あいつ』のいた町に行ったこと、そして『あいつ』について調べようとしたことを話した。
その行為を多少は諌めると思いきや、タケモトさんは黙って俺たちの話を聞いていた。
「タケモトさんは……タケモトさんが『あいつ』なんですか?」
「はあ? どういう理屈で、そういう発想になるんだ?」
さすがのタケモトさんでも、その言葉は予想外だったような反応だった。
そして、その反応で俺の不安はひとまず解消された。
「何をどうしてそんな結論になったか分からんが、オレとあいつは別人だ」
「あの、『昔のオレとは別人だぜ』みたいなことでもなく?」
タケモトさんにここまで言われて、弟もやっと納得したようである。
冷静に考えてみれば、俺たちの劇的発想はフィクションに触れすぎた結果導き出されたもので、大したエビデンスもなかったんだ。
疑惑が晴れたところで、タケモトさんは町に行って得た情報について尋ねだした。
「その町の連中は、あいつについて何て言ってた?」
「いや、大したことは何も」
「えーと、『よく知らない』とか、『いい人』だとか……」
「ふ、そんなとこだろうな」
タケモトさんの口ぶりから、答えは何となく分かっていたってことなんだろう。
「仕方ねえ。意味の分からんことを吹聴されても困るから、ちゃんと語ってやる」
「まず、あいつの現在についてだ。ヒントは、その町の連中が言っていた『いい人』だ」
「今は改心して『いい人』になっているってことですか?」
「トーヘンボクが。改心なんかしなくても、『いい人』になれる方法がもう一つあるだろ」
そこまで言われて、俺はやっと気づいた。
それと同時に、俺は『あいつ』に関する話は、予想以上に不味いものだとも分かり始めたんだ。
「……『あいつ』は、もう死んでるんですね」
当日、俺たちはタケモトさんが以前住んでいた町に赴いた。 ここに今でも『あいつ』がいるかは分からないが、弟は手当たり次第に話を聞いていくつもりらしい。 弟の、こういう向こ...
社会で生きていく上で、多くの人に好かれるように、或いは嫌われないようにするのは大切なことだ。 でも、八方美人だとしても、その八方美人が嫌いな人がいるように、全ての人に嫌...
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