当日、俺たちはタケモトさんが以前住んでいた町に赴いた。
ここに今でも『あいつ』がいるかは分からないが、弟は手当たり次第に話を聞いていくつもりらしい。
弟の、こういう向こう見ずな行動力には呆れることがほとんどだが、たまに感心することもある。
弟よ、さすがにそれでは伝わらないぞ。
「ああ、『あいつ』か」
案外それで伝わるものなのか。
「ねえ、どんな人だった?」
「うーん……よく知らないなあ。『いい人』だったような気もするし……」
明らかに歯切れの悪い回答だった。
あんな言い回しで、すぐ『あいつ』だと気づく程度には知っている相手だ。
その「よく知らない」という言葉も、「いい人」という言葉も、そのまま受け取るのは無理があった。
“何か”ある、だがそれが分からない。
その“何か”も含めて、弟は『あいつ』について調べることにした。
町の人たちに話を聞いていくが、返ってくる答えはいずれも不明瞭だった。
せいぜい分かったことは、この町にはもう『あいつ』は住んでいないということぐらい。
誰もタケモトさんのように『あいつ』についてのエピソードを語る人はいない。
だが、タケモトさんの話が嘘だとか大袈裟だと解釈するのにも、また無理があった。
それほど、みんな『あいつ』という存在がいること自体は認知しているのだ。
『あいつ』のこと、それについて歯切れの悪いことしか答えないこの町の人たちのもつ“何か”。
それらが混迷を極めていたとき、弟は悪魔的発想を口にしてしまう。
「なあ、もしかして『あいつ』って、タケモトさんのことだったりしないかなあ?」
何をバカな、と言い返せなかったのは、俺自身もその可能性を少しは考えていたからだ。
「だってさ、『あいつ』について語りたがる人がこの町にはいないんだよ。なぜか考えたんだけど、それだけ嫌いってことなんだって思ったんだ」
思うことと言葉にすることの間に天と地ほどの差があることが分からないほど、こいつは無鉄砲だったのか。
「なのに、タケモトさんだけは語っていた。だから考えたんだ。タケモトさんと、この町の人との決定的な違いは何だろうって」
突拍子もない発想だったが、俺たちの中ではそれで煮詰まりつつあった。
それほどまでに、この町の人たちの『あいつ』に対する反応は不明瞭で、痺れを切らしていたんだろう。
こうして俺たちは、『あいつ』のいた町を後にすることにした。
社会で生きていく上で、多くの人に好かれるように、或いは嫌われないようにするのは大切なことだ。 でも、八方美人だとしても、その八方美人が嫌いな人がいるように、全ての人に嫌...
≪ 前 家路に着いた俺たちには、未だくすぶっている気持ちがあった。 わざわざ町にまで出向いて色んな人に尋ねたのに知的好奇心をなんら満たせず、それでも持ち帰ったお土産は妙に...
≪ 前 「その出来事以外は特筆することのない、天気もフツーの日だった。 その日もあいつは、道行く人にくだらねえちょっかいをかけて、追いかけてくる人たちから笑いながら逃げて...