ある日チカに話しかけてみると、チカに雰囲気は良く似てるのだがチカではないという。彼女はエリと言った。すごく明るくて楽しいことにしか興味がなく、つらい過去は振り返らない。チカが休みたい時、彼女が出ていることがよくあった。エッチな事も大好きで、チカとしてる時に交代してもらってエリとした事もある。
子供人格のナツとも何度か話してみたが、本当に天真爛漫で子供のまま、良い子のまま止まっている。
「おっちゃん今日も元気やなあ。ナツは今日はお絵かきして遊んでたんやでー」
ゆったりとした関西弁でナツと話すと本当に心が癒される。ある時ナツが嬉しそうにしてる時に足をバタバタさせながら「おっちゃん!おっちゃん!」と叫んでるのを見かけた事があった。チカと話してる時にもチカが嬉しそうにしてる時に足をバタバタさせながら「テンちゃん!テンちゃん!」と叫ぶので、
「君ら性格もしゃべり方も全然違うけど、似てるとこもあるよなあ」
「ナツもチカと同じような動きするよ、影響されてるんだな」
「むしろ逆っていうか……」
そこでチカは突然ハッとした表情でしゃべるのをやめてしまった。
「逆っていうことはまさか」
と思ったがあまり深くは突っ込まなかった。いや突っ込む勇気がなかった。そしてこの事はしばらくして忘れてしまっていた。
男の人格もいた。タダシといっていつも冷静沈着だった。人格関連で困った時はこのタダシかミユキが大体把握していた。タダシはナツから生まれた人格で、かなり昔から存在する。ミユキはチカから生まれた人格で、中学生の時チカがいじめに遭っていた時に生まれて、感情が薄い。辛いとか嬉しいとかいう感情をほとんど持たず、チカが電車で痴漢にあった時もミユキに代わってやり過ごしたりするそうだ。
ある日チカと子供の頃の話をしていると、どうも幼稚園以下の記憶がないという。
「いやそんな時代の記憶なんてみんなほとんどないし、そんなもんだよ」
と言ったんだが、どうも歯切れが悪い。よくよく聞いてみると、実は基本人格はナツで、チカは3、4才の頃生まれた人格だという。これはショックだった。自分の付き合ってる人が途中で生まれた人格だなんて、という気持ちになった。この時点でもまだ俺は解離についてよくわかってなかった。今ではそんなことは微塵も思わない。
どうもナツは現世が嫌になったまま引っ込んでしまい、小学生の頃からチカが普段の生活をするようになったそうだ。一部のナツから生まれた人格にはこの事をよく思ってない奴もいて、チカに対して嫌がらせもあった。他にもケンカっぱやい男の人格や、もうでてこない双子の人格、チカの悪い面(嫉妬や妬み)だけを強くしたような人格等々、数え上げるとキリがない、というよりチカもよく把握してない人格も結構いるような感じだった。
例えばチカの悪い面を持った人格は、チカが妬みを強く感じた時に
「こんなこと考えちゃ駄目なんだ」
って強く思うとその部分がチカから分離して生まれてしまうようだ。彼女たちは区別をつけるために後から名前をつける。名前を自称して生まれてきた場合はそれを使う。多重人格だと厨二っぽい名前の人もいるようだが、まあどんな名前になるかは元の人格の性格次第ということだろう。チカは厨二っぽい名前をつけるのはダサいくらいの良識は持っていた。
他の人格が生まれることは格好いいことでもなんでもなくて、つらい話が多い。つらいから逃れるために別の人格を作ってやり過ごす。自分の中で矛盾した考えがあると、別々に分離して考えたり行動したりする。