2015-09-14

一生懸命オタクになろうとしてかえってオタクから遠ざかってしまう人

オタクにとって言われて嬉しいのは何か、というか何のためにオタクやってるのか、って考えるとオタクとして誇らしいのは「楽しそうだ」と言ってもらえることであって、「知識すごい」でも「頑張ってますね」でもないと私は思ってる。で、楽しみ方は千差万別なので、他人がとやかく口出しすべきじゃないと思うんだわ。で、ある人が「より楽しむためには」という目的を持つのはいい。そのための方法論とかあるべき姿みたいなのを一生懸命考えるのもよい。そういうのを考えて楽しくなるんだったらいうことない。ただ、なんかね、そういうことを一生懸命やってる人を傍から見てるとあんまり楽しそうに見えないんだなこれが。

しかしたら、本人は本当に楽しんでるのかもしれないけどね。自分楽しいから自分がやってることをまとめたり言語化したりして共有したい、というつもりでやってるのかもしれない。だとしたら悪気は無いんだろうね。 でも、なんかね、傍から見えてると自分が考えた「あるべき姿」という枠にガチガチになってて見ててあんまり楽しそうに見えないっていうね。で、楽しそうに見えないだけならいいんだけど、その人のブログを見に行ってみると、言ってることとやってることが違うんだよね。もう作品純粋に楽しむという感じじゃなくなってて、書いてる内容の割合を見たら作品感想とか解釈記事は半分以下で、作品を楽しむための「べき論」ばっかり一生懸命書いてたりする。しかも、その「べき」論について、自分であーでもないこうでもないって試行錯誤したり実践するだけならいいんだけど、なんか中途半端な出来の「べき論」をこさえてはいちいち他人に向けて発射しちゃうのね。 「いつまで☓☓やってるの?」とか「なぜみんな☓☓しないのか?」みたいなことを言っちゃう。 自分の正しさを証明したいのに誰もそれをほめてくれないから他人を落として自分持ち上げようとしちゃう。あげくのはてに他人が書いた作品批評批評するページまで作っちゃってる。これはもう完全な病気

これって、どこかでみたことあるなあって思ったら、やってることが自分人生を充実ぶりをアピールするためにいちいちサラリーマンケチをつけないと記事がかけないイケなんとかさんと似てるんじゃないかなって思ったね。自分が本当に楽しいと思ってるなら、他人のこととかどうでも良くない? 自分楽しいと思ってることをありのままに書けばいいだけだよね。なんで他人ダメ出しする必要があるの? わかんないな。しかも、その人が書いてる作品感想とか読んでも、実につまらなさそうなのね。 記事文字数書いて僕頑張ってますアピールしたりとか、作品からいっぱい引用してちゃんと読んでますってアピールはしてるんだけど、で?っていうね。ふーん頑張って記事書いたね、10000文字お疲れ様、とは思うけど、その作品面白そうですね、あなたはこの作品を心から楽しんでるんですね、羨ましいなって思えないんだわ。むしろ、楽しむことよりも「楽しんでるって思われたい」とか「すごいって思われたい」んだろうなオーラがプンプンするぜー! 

オタクだし、どういう方法で楽しもうが勝手なんだけど、他人をこき下ろさないと自分の言ってることの正しさも証明できないっていうのは、自分の主張が弱いって認めてるようなもんだから早急に改善したほうがいいよ。

  • 「たけくま 密教系オタク」で検索してあらかた理解してから書いたほうがいい。 ああいう人はああいう人で別の楽しみ方をしている。因みに上記の話では「ミーハー」と「密教系」で...

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