2015-05-31

非モテフェミニズム 政治的に正しい恋愛はありえるか

10年前に非モテ論客だった俺も、懐かしいのでこの「弱者男性の一件」について一言書いておこうと思う。

経済的な「弱者男性」については、たまたまEconomistが今週取り上げているのでそれを読め。俺は非モテについて書く。

http://www.economist.com/news/leaders/21652323-blue-collar-men-rich-countries-are-trouble-they-must-learn-adapt-weaker-sex

恋愛とは政治的に正しくない行為である

近年ヘイトスピーチ批判が集まったが、ハゲデブチビ不細工馬鹿にする行為についてヘイトスピーチだという批判が集まっただろうか。

モテ」に関わるヘイトはどれだけ表明しても問題視されないのだ。なぜならば、恋愛という行為のものがそもそも差別的行為からだ。

ある女が俺ではない男を愛している。俺がこんなにも彼女の事を愛していて、その男がどれだけ他の女とも影で浮気していても、彼女その男を愛している。

恋愛というのはそう言うものである恋愛にはそもそも「差別」が内包されているだ。

ゲイレズビアン恋愛について俺はよく知らないが、ヘテロセクシャルに置ける恋愛は、未だに男女差別的だ。

女は最初デートくらい男におごってほしいという。重い荷物は持ってほしいし、車道側を男に歩いてほしいという。実に前時代的な発想だ。

しかしながら、それがセクシーなのである政治的に正しい男は(そして政治的に正しい女は)、セクシーではない。

我々は、現時点では進化した猿に過ぎず、生殖をする必要がある。生殖は獣の領域だ。一方、政治的な正しさは神の領域だ。

より政治的に正しい道を進もうとする先進国では、出生率が下がる。学歴が高いほど初体験は遅くなる。

政治的な正しさを求められば、生殖は遠のいていく。政治的に正しく生殖できるのは、神に近い存在(=イケメン美女)だけなのだ

フェミニズム政治的正しさを追求する。生殖とは無関係だ。フェミニズム非モテを救う力なんてないし、そもそも目的から外れている。

政治的に正しくない道を選び、生殖するか。政治的に正しい道を選び、童貞を貫くか。おれは童貞を貫いている。毎日、神に近づいている。

君も神の道を進め。

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