健康に抗いたかったわけじゃない。猛烈な胸のむかつき。胃ってここにあったのね、というどうしようもない気づき。数時間前に流し込んだ50錠の市販薬が、ある場所には痛みを与え、ある部位からは現実味を取り除く。緩慢な動作で体を起こす。頭蓋骨よりひとまわり小さくなった脳みそが、カランと甘い音をたてた。
どうしてこうなったのかは分からない。薬瓶の涼しさを唇にあてたとき、2割の私は"なんて様になるシルエット"と誇り、残りの8割は疑問符を飛ばしていた。なんで?なんで?なにかあったの?
テレビは控えめな声で、イスラム過激派組織がまた遺跡を破壊したと報じている。携帯の画面はもう暗くなっていたけれど、さっきまで母親に電話していた名残で汚れがひどい。季節限定のチューハイで、甘すぎる錠剤を流し込む。ひとくち、ふたくち、右頬にのこった3口め。背徳感を持ってする嚥下はひどくやっかいだ(男性諸君はよくそれを覚えておいてほしい)。
その後のことは言葉にしても仕方ないから手短に。いつも通り歯を磨いて毛布につつまれ、心地よい眠りに落ちるも違和感と痛みがアラーム代わりに襲ってきた。防衛本能からちょっぴり戻して(あんなに苦い吐瀉物ってなかなかない)、お水をのんで、まるで二日酔いみたいだけどそんな不摂生とは違うのだと首を振った。
翌日の予定か、代わり映えのない日常化、個性のない自分か、或は。吹き出る冷や汗、頬が熱いのか手足が冷えきったのか。急に輪郭をもった胃、脳みそ、頭蓋骨、体にくっついてるのかも不安になる頼りない脚。
わからない、わからないんだけど気がついたら土下座みたいな姿勢で私は眠っていて、今度は胃の中身がなにもなくなるまで吐いて、枕に抱きつきながら震える。間違いないのは、今日の予定をすべてキャンセルしなくちゃいけないこと、それに後悔を感じない自分、鮮明になった今この瞬間に連続する明日は存在しないということ。