○鬼丸義齊君 私共は全く素人でありますから、甚だ卑近な例で当らないかも知れませんが、最も憂うると思いますことは、先般もやはりこの委員会で申上げたことでありますが、犬の場合に、洋犬が和犬と一回の交尾によつて受胎いたしました場合に、その最初の一回の受胎によつて……その後洋犬の牝としては、一代のうちに幾回かの分娩をいたしますが、その分娩の度ごとに最初の一回の和犬の交尾ということが一つありますために、一代分娩の度ごとに最初の和犬の子供ができる。それは勿論犬の場合でありますから人間とは違うでありましようが、そうした大きな影響が人間にあるかないかということについて、実は虞れを持つておるために伺つたのであります。交接によつて、性交によつて遺傳が始まるということは、その遺傳というのは、その交接によつて受胎した子供にのみ限られるのであるか。先程私の例を申しましたごとくに混血のような場合には、やはりその受胎いたしました子供の遺傳もやはり同樣に混血的の遺傳を持つのではないか。例えば先般もこの委員会から捨兒の寮を視察に参つたのでありますが、混血兒が捨兒になりました。そうした場合に最初種族の違いまするものとの交接によつて、その婦女子の一代の間にずつとその受胎の影響があるのではないかということに非常に虞れを持ちますので、その点を一つはつきり伺いたいと思います。
○証人(安藤畫一君) 私の知つておる範囲内で申上げます。今の御心配の点は、遺傳学的に見ますると全然杞憂に属するものと思います。大体遺傳というものは、遺傳の担荷体が遺傳というものを担つておる。遺傳をする役目をする物質はどこにあるかというと、性細胞の核の中の染色体というものに潜んでおるのであります。從つてこの以外のものでは遺傳は行われないのであります。でありますからして、或る時の性細胞と性細胞の性質はそれによつつてできた子孫までは傳わりますが、今度変ればその次に一方は同樣であつても、例えば母親が同樣であつて男性の方が違つた場合には、元の影響が現われるわけが起り得ないのであります。生れたその第一回に、例えば混血の場合を申しますと、甲と乙との受精によつてできた子供には甲と乙との遺傳が起るのでありますが、今度は甲と丙との場合に、その乙の影響が現われるわけはない。その甲と乙との間に生れました子供の中には甲乙の遺傳質は入つておりますが、これが又その子供が他の者との間に性交して、そうしてできました子供の中には前のが現われます。それと全然無関係な、同じ母親が第三者、丙なら丙の人とやつた場合に、乙の影響があるわけはどうしても考えられません。遺傳学的には……。おわかりかと思います。
○鬼丸義齊君 いや、分りました。
○証人(安藤畫一君) だから、こちらは洋犬でありますが、日本犬と洋犬とが交尾しましてできました場合には、今度はその次に日本犬と日本犬とやつても洋犬の影響が残るかというお話であります。それは残り得ないわけであります。その和犬の生む子供には起り得ないわけであります。その和犬と洋犬と最初の交尾によつて生れた子供の中には洋犬の影響は残つております。今度別な和犬と交尾した場合にできるものに前の洋犬の影響は起り得ない。どうしても考えられません。
○鬼丸義齊君 これは私共のやはり本当の実驗でありますが、例えば洋犬を買います場合に血族種で以て買います。それで和犬との一回の交尾でもありまするというと、最初の血統のままであつて、純血のままであつたら相当の高價で取引されますが、一度和犬と交尾したというような歴史ができますと、これはその洋犬の價値は殆んど無價値に近いものである。ということは、その後洋犬同士の間で交尾が行われましても、その後の分娩の度ごとに最初の一回の和犬という一つの歴史のために、ずつと何回かの分娩に必ず一匹なり二匹の和犬が出て参ります。これは私共の現に知つております常識であります。それから最初の一回の和犬との交尾によりまして、非常な高價なものが殆んど無價値になりますというところに、私共は非常な恐れを持つのであります。只今の御説明によると、一回の受胎によつて、すでに分娩が済んだならば、もうそれで以て最初の交尾はすつかり清算されてしまうのであつて、あとには全く何にも残らぬということでありますが……
○鬼丸義齊君 それが非常に……実はこれはひとり私が素人ということだけでなくして、やはり專門家の医者の方にも聽いて見ましたが、やはり人間の場合でも同様に考えられる。すでに最初の一回の受胎によつて……受胎せない場合は問題でありませんで、受胎せない時分には最初の何と言うのですか、精子の発育が全然ないので、そのまま死滅してしまうのであるが、受胎という一つの事実があるならば、それによつてその体質に変化を來す。ただ一回の交接によつて、一回の分娩で以て全部清算されてしまうものじやない。こういうふうにも聽いておりますので、その点に対しまして、非常ないわゆる純血を害することになつて、この姦通罪に対する取扱につきましても非常に大きな影響があろうと存じまして、伺つたのであります。
○証人(安藤畫一君) その点は私の或いは知識が足りないのかもしれませんが、最初の例えば犬の場合は、和犬の影響が体に血清学的に或いは精神的にあるということは考えられますが、少くとも遺傳という問題に対してはどうしてもそういうことは考えられません。
○鬼丸義齊君 遺傳まで行かなくても……
○証人(安藤畫一君) だから、その洋犬が一度和犬と交尾してできたならば、その次にずつと洋犬と交尾しても、その間に挾まつて和犬ができるというようなことはどう解釈しますか。これは遺傳学という本質から言つて考えられない。それは或いは私の遺傳に対する知識が足りないのかも知れません。遺傳の方の本当の学者に聽くより仕方がないが、私の今まで信じておる遺傳では考えられないと思うのであります。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/001/1340/00108191340015c.html