自分は研究者でも、ましては生物学の知見がある訳でもないのだけど。
小保方騒動について「なんで見抜けなかったんだ」という意見は多いけど、あそこまでコピペ、でっち上げを施した論文って、実は見抜くのって難しいんじゃないか。ああいう実験のデータって、普通は相手を信頼して受け取るだろうし、仮にも研究所のリーダー職についているような人が、まさか適当な内容で出してくるなんて、普通は思わないでしょう。良く知らないけど、ああいう査読って、「内容にインパクトがあるか」「記述上の問題点(内容の不足、結論の不明確)はないか」を確認するもので、「中身がでっち上げかどうか」を確認するものではないでしょう。一般企業の内部告発が難しいように、人の業績にケチを付けるのって、結構覚悟がいる。ましてや、共同研究者に十分な実績のある人がいれば、なおさら難しい。
専門分野、担当する立場によって差があるだろうけど、不正を不正と判断する基準はどこにあるか、もしあなたの受け取った論文に不正があるわかったら、どう対処するか。研究職など、そういう立場の人だったら、ご回答いただけるとありがたいです。興味半分だけどさ。
いろいろあると思うけど、どういうパターンで、どう対処するのが望ましいのでしょうか。
実は自分は哲学の学部卒で、ああいう世界になると、「実験結果」「実証データ」は乏しくて、でっち上げどころか、妄想すれすれの論文が掲載されることもしばしば。最近は医療現場での臨床哲学などもあったりするので、必ずしもデータがない訳ではないけど、良い所、文章の出所をはっきりさせるくらいしかない訳です(あの本の何ページ、みたいな)。あとは、コピペを見抜くとか。不正と不正でないものの境界は必ずしも明瞭な訳ではありません。そういう意味で、生物学などのデータありきな業界であれば、こういうことははっきりするけど、分野によっては不正と思われるものでも、別の世界では堂々とまかり通ったりします。哲学なら、大抵は鼻で笑って終わっちゃう。こういうことに関心がある人なら、ソーカル事件とかご存知でしょう。
学生を指導する場合 あの博士論文のイントロ、もし文章がそのままだとしたらあり得ない。 そもそも、参考文献が全くないイントロなんてあり得ないわけで。 後は、その学生が英語...