僕は友達がとても少ないという自覚があって、それがコンプレックスになっている部分がある。
それはそれとして、3年くらい前に、子供の頃によく遊んだ友人と再会して、なんとなくの友人付き合いが再開した。それは僕にとってとても嬉しいことで、でもこういう時に、嬉しさをあまり爆発させすぎると引かれるのわかってもいたので、「おー、嬉しいよ!また遊ぼうなー!」と、あくまで常識を保った嬉しさを出して歓迎した。それからなにかあると話したりするようになっていった。
彼は酒は飲まないので、話すときはいつもシラフで、たまに近所を散歩したりした。彼も嬉しそうに僕と話をしてくれたし、僕が離婚した話をしたら、彼は心配そうに「少しいろいろ休んだ方がいいよ」なんて言ってくれた。
彼はとても仕事のできる人間のようで、いくつのも賞をもらっていた。それも大学を主席で出たとか、論文で最高の評価をもらったとか、論文のネタを偉い先生にパクられたとか、そんなすごい話ばかり。彼はそんな話を、ちっとも偉ぶらずに僕に話してくれた。僕は素直にすごいなーと感心した。
彼は僕の、彼の業績に比べたらてんでたいしたことのない話を、大げさなリアクションで聞いてくれるし、僕も彼の話は素直に驚きながら聞くことができた。
必要以上に互いのプライバシーに踏み込むこともなく、うまく行っていると思っていた。
だけどそのうちに彼は僕の話などロクに聞いていないということがわかった。
なにより覚えてくれない。
「映画のナントカを見たんだけどこんなふうだった」と僕が言うと「へえ〜! そうなんだ。すごいんだね。へえ〜。そっかそっか」なんて言うことは言うんだけど、その日の夕方には「ねえ最近なんか映画見た?」と言う。「同級生の誰それに会ったんだけど」と僕が言うと「あああいつね。そっかー、元気かなあ」なんて言うことは言うんだけど、次の日には「最近誰か同級生と会った?」と言う。
最初の頃は「なんだよ、それさっき言っただろ」とつっこんでいた。「あれ、そうだっけ。あはは、おれ仕事は真面目にやるけどプライベートはいいかげんだからさ。あはは」なんて言っていた。ついついこういうのを忘れちゃうことは僕もある。だからこの返答はそれに対する照れ隠しのようなものだと思っていた。
違った。本当にそうなのだった。彼は嘘偽りなくいいかげんなのだった。僕とはいいかげんにしか会話していないのだ。
そのうちこういったことはほとんど会うたびに起きることに気づいた。僕が話したことを、彼は1時間もすれば忘れている。試しに一度話したことと同じようなことに対する質問に対して違う答えを返してみたことがある。彼はなんの違和感もなく「へえ〜そうなんだ」と、さも興味深そうに応じた。
ああそうか。と僕は思った。
この興味深そうな応答は演技だったんだ。「私はあなたの話に対して興味がありますよ」ということを示す友好そうな応答。これで薄い関係のやりとりはだいたいうまく行く。彼はこれを使っていろんなひとと、それなりに良好な関係を築いているるんだろうな。と思った。
彼はとても優秀な人間なので、本当の意味で友情を築くにはきっと、彼のレベルまで上る必要があるのだろう。でなければ彼が僕に一目置いて、彼が僕に本当に興味を持って、僕の話を記憶に残すように聞いてはくれないのだろうな。現段階の僕は、彼にとって昔のなじみで近所に住んでる。それだけの人間なんだなあ。だから暇つぶしに相手をさせられることはあっても、彼は、僕に対して、基本的には興味はないのだろうなあ。そう思った。
とても悲しくなったのだけど、そういうものなんだろうと思った。
そして、そういうのはあんまり友達とは呼べないような気がした。
だからと言ってどうということはなく、僕は相変わらず彼とは付かず離れず、適当な関係を送っている。僕自身がいつか彼ほど優秀な人間になれば、なにか変わるかもしれないけど、そこまでのジャンプアップは難しそうなので、こういうのはこういうもんなのかもしれないなあと思っている。それだけの話。