学生の5人に1人程度の割合しか新卒内定が決まってない昨今、既卒者が毎年5人中4人出ているという現状を顧みて
未だに新卒以外ゴミクズといった風潮があるのは“時代”を理解できていない。
新卒を逃すと、納税義務(納付猶予があるものの、件の風潮から30過ぎても就職できない現状がある)や奨学金返済など二重苦の借金地獄が待っていたり、
既卒になってしまうと就活セミナーや説明会などへの参加リスクが高まり、結果として新卒が優先され既卒は炙り出される。
リクナビやマイナビの既卒可求人で既卒が採用された実績のある企業は全体の一割にも満たない事は先日日経やTDBの調査で明らかになったばかりだ。
新卒の間に就職ができなければ、「人生終了待ったなし」になる。
しかも、社会では既卒が就職出来ないのは自己責任だとし、不況による雇用情勢の悪化、企業が二の足を踏んで就職採用を実施しなかったといった背景があるにも
関わらず、そのせいで就職出来ず卒業して既卒となった人に対する思いやりが皆無だ。
一方で景気が悪いのは不況のせいだと矛盾かつ無責任に嘆く企業が多い。
不況が悪いといいつつ、同じように不況によって就職出来なかった学生をゴミを見る様な目で蔑むのはどうか?
また、大学生が社会の影響で学生生活を謳歌できず、就職するための大学、就活予備校生と化してるのは如何なものか?
こうした不況の煽りもあり、早い段階から就職活動を急かす大学が増えた事は喜ばしいものの、その時点で大学としての機能が失われている。
さらに、就職活動調査票なる採用実績企業欄を作るための進路調査を実施し、学生の本分である勉学については何ら感知しないというのは悲しい話だ。
そして、新卒者には大学が惜しみない支援をするが、既卒は当然のようにゴミクズのようにぞんざいなのは現在の大学組織らしい。
つまりいつの時代も、企業と大学は新卒者には優しいが既卒者には熱い掌返しが待っている。
そして、既卒採用を国が実施せざるを得ない状況だが、主催する経団連や厚労省は既卒切り捨てによってこの機能不全を解消いや無かった事にしようとしている。
悪いのは新卒中に就職出来なかった既卒者。だから我々は例年通り新卒者を雇用し続ければいい、と。
常々思うのだが、今の大学で既卒と中退を分けるのって何があるんだろうね。 卒論がない学部学科でも卒業したほうが評価されるんだろ?