2012-06-09

上司と部下の日本企業。主人と奴隷外資系

日本企業外資系(ともに金融)に勤めた経験から語る。

日本企業場合

日本企業には上司と部下と非正規しかいない。非正規はよそ者使い捨ての、封建社会でいうと武士の序列に入らない農民みたいなものなのでこれ以上言及しない。

オレにとって上司人間でもさらに偉い人からすれば部下だし、その逆もしかり。つまり相対関係。

そしてそれの80%は入った年次で決まる。つまり同じ会社に何年いるかで決まる。

実力はよっぽど優れたクリエーターとか独占資格を持ってない限り関係ない。

すべては人間関係で決まる、人間関係根本は親と子、弟と兄といった年齢的要素である

年次=企業内での年齢=親兄弟人間関係という図式が成立する。すごい事務処理能力の高い奴は逆にねたまれる。

先輩はいつまでたっても上司だが、後輩はいつまでたっても部下。

そして50歳を超えてその積み重ねてきたスクラッチが削られて、役員になれるか子会社に放り出されるかがようやく決まる。

株主はどうでもいい、なぜなら株主株主自分から

外資系企業場合

外資系企業には主人と奴隷しかいない。

主人とは少数の有能な使役者であり、独立国家皇帝だ。

奴隷はそこにへばりついて仕事をこなす。

優秀な奴隷は、自社や他社から新しい主人として迎えられることもある。

ダメ奴隷は放り出されて砂漠を彷徨うことになる。

上下関係があるという点では日本企業とも同じだ。

けど、重要なのは新しい奴隷も古い奴隷もみな平等にただの奴隷だということだ。

先輩後輩はない。

しかすれば隣で働いている古い奴隷明日には主人となった自分奴隷となっているかもしれない。

すべては絶対主義の実力。

主人は主人で独立している。

隣の古い主人の意見は聞かなくてもいい。聞くのは株主というオーナー意見だけ。

オーナーの一存で放り出されることもあるが、優秀な主人は別の奴隷牧場に今までの奴隷たちを引き連れて、また別の独立王国樹立する。

もちろん使えない主人は使えない奴隷と同様、砂漠を彷徨う羽目になる。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん