2023-04-15

anond:20230414134641

「チ。」が如何に優れていたのかを改めて感じた。

悪いけどこれが俺の第一印象だ。

まず最も違うのが主人公キャラクター造形だ。

チ。の主人公は嫌な奴だ。聡明で物分りが良いいが故に他人を見下しがちだが、同時に自分の頭で納得したものに対して半端な曲げ方をしない暑苦しいエゴイズムを持っている男だ。合理的に嘘を付いて暮らしてきたくせに、合理的でないと分かった上で自分には嘘をつけないと人生直感に捧げてしまう。物語主人公として求められるある種の異常さを納得感のある形で作り上げている。ぶっちゃけ漫画キャラクターなんて多少嫌な奴であっても、行動に納得が出来れば許されてしまう。むしろ変に良い奴すぎると読者が期待するような善行を常に取らなければいけない縛りが邪魔になる。嫌な奴かどうかよりも、行動に納得ができるかが重要なのだ

アナトミアの主人公は良い奴だ。だがそれだけで終わっている。医学に対する熱意は善人だから現状を変えたいと思っているというただそれだけで終わりだ。善人のテンプレートだ。薄い。奥行きがない。癖がなさ過ぎて自分物語が動かせないから、ダ・ヴィンチに付き従うだけの従者のようになってしまっている。

もう一人の主人公としてのダ・ヴィンチだが……こちらもよくある「奇行の目立つ天才」というキャラクターテンプレートそのまますぎる。この漫画ダ・ヴィンチしか出せないものがないんだ。強いて個性をあげるならBLムーブを乱発することだが、それもまたBLテンプレをなぞるばかりで個性が見えてこない。

総じてキャラクター個性がなく、同時に行動に対して信念が見えてこない。描きたい物語BL的な見せ場の都合ばかりが優先されてしまっていて、作品全体に流れる登場人物精神エネルギーを全く感じ取れない。

既製品台本をそのまま読み上げているだけの学芸会のような、どう転がっているのかが分かりきった物語棒読み再生するだけの光景は実に退屈だ。

扱っている題材は珍しいが、それ以外の強みがない。

娯楽漫画キモキャラクターだ。キャラクター内面にある感情機微だ。恋愛漫画で描かれているのはキス告白のものではなく、その瞬間に湧き上がる感情であり、そこに至るまでの気持ちの流れだ。バトル漫画頭脳戦が盛り上がるのは、知恵を絞ってこの状況を打破しようとする生存本能や執念にこそ共感するからだ。題材は本質ではない。

もちろん、勉強についての漫画であるなら題材こそが本質になることはある。たとえばマンガでわかる◯◯なんかだと、キャラクター内面の動きなんてものは実際には重要ではなく、題材となるものが実際に用いられるシチュエーション等を上手く想定させてくれればよい。(最近読んだ菊水電子マンガでわかる 直流安定化電源を例として貼っておきますオタクはこういうの好きそうだよね https://kikusui.co.jp/comics/

この漫画解剖学歴史を学ぶための勉強漫画なのか?それとも物語を楽しむ娯楽漫画なのか?おそらくは娯楽漫画の方だろう。それならばもっとキャラクターを描かなければいけない。テンプレBLムーブをする変人×善人のお医者さんごっこを求めている読者はBL本コーナーに来る客であり、この漫画想定読者は違うんじゃないのか?

なにも「海が走るエンドロールからすべての顧客を引っ剥がしてこのマン1位取ります!」程の気合を入れろとまでは言わないが、自分がどういった相手に向けて漫画を描きたいのかはちゃんと想定した方がいい。

テンプレBLイチャイチャ漫画を書きたくて解剖学を題材にしただけだとしても、それならもっと解剖学というシチュエーションを助平な妄想へと昇華させていくべきだ。中途半端ものを出して生き残れる時代ではないぞ。

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