「そりゃあ、ハードルが高いせいで飛び越えられる人が少ないからでしょう」
「ちょっと違います。あれの最大の問題点は“高さそのもの”ではありません」
「どういうことです?」
「いえ、私から言わせれば、これは高望みと言い切れません。数名マッチング可能でしたから」
「マジか」
そうして希望に合った数名とそれぞれマッチングさせたのだが、なぜか結果は全滅。
最終的に「縁がなかった」と断わったのは、いつもその相談者側だった。
「意味が分からない。条件は満たしているのに、なんでそいつは断わってばかりなんです」
「……どうも“その他のハードル”で躓いたようなんです」
「はあ? なんすか、そりゃ」
「どこかしら相性が悪かったのでしょうけれど、本当の理由は分かりません。恐らく、当人もよく分かっていないのだと思います」
「そいつは“その他のハードル”とやらを妥協する気がなかったんですかい。最初にでかいハードルを立ててるくせに」
実際、遠回しにそう訊ねたことはあったらしい。
だが、その人にとって高学歴高収入というのは最低限の条件でしかなく、その上で他のも跳び越えてほしかったんだとか。
「なるほどねえ。ハードルの高さが問題ではないと言った意味が分かりましたよ」
そこまで話を聞いたあたりで、コンサルタントの言いたいことをタケモトさんは理解した。
「つまり高望み最大の問題点は、“その他のハードル”を撤去していないことにあると」
「そうです。高いハードルが一本や二本あるだけなら高望みではありません。問題は全体の“数”なんです」
当然、相手側の設けたハードルを自分も跳ばなければならないという側面もある。
高低差の激しい、膨大な数のハードルをそつなく跳ぶことが出来て、その人と結婚したいと思える人間。
よしんばいたとして巡り合うことすら難しいか、とっくに別の人と結ばれているだろう。
「こちらも仕事ですから、建前は『上昇婚・高望み大いに結構。何が悪い?』と言います。でも現実の問題は是非で決まるとは限りません」
火のついていないタバコを強く噛みしめ、コンサルタントは首を横に振った。
「最初から気づくか、後で自ずと諦めるなりハードルを下げるなりしてくれたらいいんですけどね……そうさせない外的要因もあるんです」
「外的要因?」
「長年コンサルタントをやっていますと、稀に上手く結婚までかこつけられたケースもでてくるんですよ。宝くじを毎回買い続ければ当たるのと同じ理屈です」
多少の運はあると思いつつも、巡るべくして出会い、結ばれたんだと心根では考える。
そうして自分がイレギュラーであることに無自覚なまま、上手くいっていない人に説教することがあるらしい。
「説教とまではいかずとも、『自分は上手くいった』と吹聴する人もいます。それも大きな要因ですね」
「……あれ? でも、それって」
タケモトさんはそこで引っかかりを覚える。
そして、そう感じるであろうことをコンサルタントは分かっていた。
「察しの通り、私の会社はその“たまたま上手くいったケース”を宣伝に使っています。私も当時は上手くいったことばかり喜んで、その事に気づかず……不甲斐ない話です」
実のところ、タケモトさんもその宣伝に釣られたクチだった。
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