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はてなキーワード: 現状維持とは

2024-05-16

anond:20240515221358

続きです。

しかし、結果的に言うとマンガ部も違った。こんな言い方が正しくないのは分かっているが、みな意識が高すぎるのだ。真面目にマンガに取り組もうとしている人たちばかりだった

「人は経験したことだけしか描けない」という信念のもと、学外活動にも熱心だった。いろいろな経験を積むことで、その経験作品に、キャラクターに深みを与えるのだと。マンガが好きだからマンガしか読んでない奴には面白いマンガは描けない。そう断言してはばからない人たちだった

しかし俺はその考えには否定的だった。なぜならエロ自由からだ。エロく感じるなら現実など無視して良い。腹ボコ子宮姦も感度3千倍もリットル単位の精液も、どれも現実にはありえない。だがありえないからこそエロいのだ。現実に縛られずに自由に描けるからエロマンガエロ同人エロいのだ

そして俺は漫画家になりたいのではない。エロ二次創作がしたいだけだったのだ。そのためだけに絵を練習してきたのだ。男などは描きたくはないが、竿役がいないと始まらないので仕方なく練習した。毎回毎回異空間に閉じ込める訳にも行かないから、背景も勉強して練習した。もちろん女体もしっかり練習した。だがしかし精緻な設定も重厚ストーリー人生経験エロ同人には必要ないし、そもそも俺にそんなものを生み出せるはずもない。生み出そうという気持ちすらない。俺にとって重要なのは読子まほろさんをんほおさせること。それだけだから

とはいえ先輩方の絵は上手かったし、デッサン勉強会なども定期的に行われていて、同期で入ってきた部員も何人かいたので、しばらくはこのままでいいかと思い、部に残ることにした。表向きは俺も漫画家志望だということにして

マンガ部では定期的に部誌を発行しており、部員は全員それに載せる作品を描くことが義務だった。作品を落とすことは一度目はセーフだが二度目はペナルティ部員全員に食事を奢る、部誌の印刷代を出すなど)を課すという厳しいものだった。なので落とす人はほとんどいなかった。が、これに毎回苦戦していたのが俺だ

だってそうだろう。自分が一から考えたマンガなど、俺は一度も描いたことがない。ストーリーがあるマンガも描いたことがない。だが見様見真似でコマを割ることを覚えたりと、マンガ形式を少しづつ学べたのは良かったと今でも思う

そうして大学生活や部活動にも慣れ始めた頃、ついに俺は念願を実行に移すことにした。そう、エロ同人作家としてデビューすることだ

いきなりコミケハードルが高すぎるし、何よりもサークル当落があるので、本ができても落選では意味がない。だからまずは手近なイベントにしようと俺は考えた。ネタとしてはやはり、当時人気だった「おねがい☆ティーチャー」が鉄板だと俺は予想した。印刷所も手配し、同期にも手伝ってもらって原稿も描き上げた。この同期は真面目でエロマンガエロ同人などには良い感情は無かったが、それでもマンガであることには変わりはないと割り切って手伝ってくれた。マンガとして成立しているかもきちんとチェックしてくれた。コマ運びや大ゴマの使い方など、エロしか描けない俺の絵を「マンガ」にしてくれたといっても過言ではない。ただ、俺が本当にやりたかったのがまさにエロ同人だったと知っていたら手伝ってはくれなかっただろう。そういう意味では騙したみたいで、今でも時々申し訳無さを感じる

そうして出来上がった俺の初のエロ同人誌は、自画自賛だがなかなかのものだったと今でも思う。もちろん今から見れば何もかもが荒削りだし、絵だって素人にしてはまぁまぁ、というレベルだ。当時と今とでは要求されるレベルが違うが、それを勘案すれば「まぁまぁ」だった(今基準ならクソ認定されるかもしれない)

そして結論から言うと、俺のこの初エロ同人誌は完売した。ビビって100部しか刷らなかったのを後悔した。初めてのイベント参加で、初めての本なんか売れるわけがない。そうネットでは言われていたので、100部というのもかなりの冒険だったのだけど、当時は最低ロットが100部からだったので仕方なかった。今のオンデマンド方式なら部数は自在から、30部ぐらいにしていたかもしれない。それはともかくとして

初めてのエロ同人完売したという事実に俺は喜びに打ち震えた。たった100部とは言え、初めての参加で初めての本だ。それの「完売」の勲章は何物にも代えがたい。今までの努力が認められた気がした。エロ同人作家として価値を認めてもらった気がした。子供の頃からなりたかったエロ同人作家に、いちおう俺はなれたのだ

そこから俺はイベントごとにコンスタント新刊を出すようになっていった。この頃にはとらのあなが最大勢力で、信長書店メッセサンオーといった同人を扱うショップも多くなってきた。一方で長年お世話になっていたLLパレスは悲しいことに規模を縮小していったが、こういうショップが勃興することで、俺は部数をどんどんと伸ばしていった。イベントで売れ残っても、その在庫ショップが引き受けてくれるのだから、スペースの限界まで持ち込めるのだ。100部から始まった俺の本の印刷部数が4桁後半になるのもあっという間だった。実家から離れて一人暮らしを始めたのもこの頃だった

一方で同人活動にかまけて、学業どころか大学生活が破綻するようになった俺は留年危機を迎えていた。おまけに世は就職氷河期真っ只中である。だが俺はまったく気にしていなかった。この頃の俺は1000万円以上の収入エロ同人から得ていたからだ。就職卒業もする意味理由も俺にはまったくなかった。が、親に懇願されたのもあって、卒業だけは一応しておくかと思って追試でどうにかなった。大学側の温情も多分にあってのギリギリ卒業だった

から就職をどうするのかと何度も問い詰められた。いまの状況ではまともな就職など出来ない。だからしばらくフリーターをやると言うと、それなりに納得していたようだった。エロ同人作家フリーターも似たようなものだ。だから俺はここで本当の「エロ同人作家」になった。大学生のお遊びではない、本物になったのだ

さて、無事に大学卒業して「職業エロ同人作家」となった俺は、変わらずに活動を続けていた。好きなアニメゲームを見ては妄想股間を膨らませて、いかにこのキャラアヘアヘ言わせるかだけを考えていた。清楚なタイプならギャップ萌えダブルピースも悪くない。ロリロリでもアリだ。ちょうどこの頃はメスガキ分からせという概念も生まれつつあって、それに乗った俺は絶好調だった。少なくとも表面上は

だが、当時は分からなかったが実は俺はほんのりとスランプを感じていた。マンガ技術は桁違いに向上したし、画力だってプロと比べても遜色ないほどに腕を上げた。しかしやってることや描いてる内容は最初デビュー作品から何も変わっていない。いや変えられなかったからだ。技術レベルは上がっても、「中身」は小学生レベルなのだ小学生の描くバカみたいなマンガプロが清書してるだけのようなものなのだ。誰を描いても、何を描いても「うんこ! おしっこ! ギャハハ!」だ。そういうものを延々と再生産しているという事実に気がついた時、俺はゾッとした。結局のところ、俺はエロ同人作家」としては何も進歩進化もしてないのではないか。そう思った

学生の頃、マンガ部の真面目な先輩たちが真面目にマンガを描いていたのを見て、意識が高くて違うなぁと思った。俺にはそんなもの不要だと考えた。エロ同人必要なのは、一にも二にも画力エロスだけだ。そう信じていたが、そうではなかった、エロとはそんな単純なものではない。…俺はそんな風に段々と思うようになっていった。エロスとは人間真実を浮かび上がらせる深奥なる営みの一部なのだ、と。今頃になって先輩たちの「人は経験したことだけしか描けない」という言葉が俺の心をえぐるようになっていった

しかるに今のこの俺はどうだ。実際のセックスなど知らずに、小中学生妄想をただ絵で表現しているだけの、エロスも人間も描いていないただ手先が器用なだけのバカなのではないか小手先エロい絵を描いてるからある程度評価されてるだけで、「作家」としての評価は下の下なのではないか

俺は「漫画家」になりたかった訳では無い。ただエロ同人作家ありさえすれば良かった。だがエロ同人作家であろうとするなら、同時に「漫画家」的な資質要求されるのだということを、俺はようやく思い知った。エロいからというだけで、設定など無視してキャラアヘ顔ダブルピースをさせるなど、そもそも作品理解していないから出来ることだ。果たしてそれは二次エロとして正しいのか。エロ同人作家としてあるべき姿なのか。そんなことを突きつけられた気がした

から思えばそれは事実だった。だが当時の俺に、その事実を受け入れ、飲み込む度量はなかった。なまじ売れていたからこそ、自分が真のエロ同人作家ではないという事実が受け入れられなかった。あれほど憧れたエロ同人作家として成功したというのが、すべて幻だった、勘違いだったなど受け入れられるはずがない

から俺は、「本当のセックス」を知るためにまず風俗に行くことにした。実際のセックス体験すれば、それが何らかの形でマンガフィードバックできると考えたからだ。そのフィードバックを得られれば、俺は一つ上のエロ同人が描けるようになる。そう信じた。マンガ部の先輩たちが言っていた「人は経験したことだけしか描けない」という言葉に、今更のように俺はすがった

だが、「実際のセックス」は俺の求めたフィードバックインスピレーションも、何も与えてはくれなかった。実際のセックスはさほど刺激的でもなく、快感という点でも右手に大きく劣るという有り様だった。しかし一つだけ大きな学びがあった。「セックスはいうほど気持ちよくはないが、しか女の子イチャイチャするのはたまらなく心地良い」のだ

話は少し前後するが、俺は外面が良いというのは何度も書いた。芸能人レベルイケメンとまでは言わないが、雰囲気イケメンぐらいではあった。身長だって175センチあって、武道で鍛えてはいたので細マッチョだったから小中高と女子には受けは良かった。告白されたことも何度かある

でも俺はそれらを断った。なぜか? それは真実を知ることで幻想が壊れることが怖かったからだ。そして己の欲望ありのままにぶつければドン引きされるのが分かっていたからだ

俺とて子宮姦など現実にはできないことは知っているし、そんな長大なナニも持ち合わせてはいない。感度3千倍なら脱法ドラッグあたりなら何とかなるかもしれないが、それとてリスキーが過ぎる。なにより俺には妹がいると最初に書いたが、そのせいで「現実の女」に対する期待値などゼロだった。「人語を一応は解する邪悪な獣」である妹が俺の中では現実若い女性のモデルケースだったので、そんなのの類似品と「お付き合い」など出来るはずがないし、したくもなかった。故に俺はセックスへの憧れ、期待を持ちつつも実行には至らなかった。現実女子などは鬼神のごとく敬して遠ざけるのが最良なのだ

とはいえ性欲は人並み以上にあったので、ヤりたい気持ちは常にあった。ヤれそうなタイミングもあった。しかエロ同人的な世界観内面化している自分が、常識的セックスで満足するとは思えなかったから踏みとどまれ

話を戻すと、いざ実際に現実女子と致すと、なるほど予想の通りにさほど気持ちよくはなかった。全くの想像以下だった。しかし、事前事後に快感とは別の多幸感のごときが押し寄せてきたのだ。これは予想外、想定外だった。幸せホルモンがドバドバと脳内に分泌されている。セックスとは竿の快楽だと考えていた自分にとっては、これは盤外戦のような感覚だった

だがこの感覚マンガフィードバックはできない。竿役のおじさんや触手多幸感を感じたというのをどう表現しどうエロ昇華できるというのか。悩み、迷走した結果、俺は今まで通りの路線で続けることにした

ところでこの頃、自身の迷走もあって売上はよくて現状維持ネタによっては大きく落ちることもあった。かつて数千部を誇った発行部数在庫として積まれるようになっていった。そして何度も言って恐縮だが、俺は外面はまぁまぁいい。高校生の頃からの習慣で、イベントには常にピシッとした装いで参加していた。それは落ち目になったこの時でも変わらなかった

後にどこかで聞いた話だが、腐女子などもイベント参加のために気合の入れた服や装いを用意するらしい。大事同人イベント敬愛するサークルのスペースに訪問するのに、勝負服を着ないでいつ着るのか、という文化があるらしい。俺の装いへのこだわりもそれに近い、と感じた。俺はエロ同人誌が好きだった。それが頒布されるイベントも好きだ。それへの、そこへの敬意として正装をする。それらに対して恥ずかしくない格好をする。もちろん自分なりの、ではあるけれど、それが「礼儀なのだと俺は思う

そして迷走してはいものの、まだある程度の売上があったこの頃、この俺のファンだと名乗る女性サークルスペースに現れた

まだ続きます。。。

2024-05-15

anond:20240515214713

親しくしている市の職員から、『保全は生き物好きの趣味、金にならん。希少種迷惑、開発の妨げになる。』と率直な意見をもらった。おそらくほぼ全ての職員がこの認識なんだろうなぁ。親しいが故に教えてくれた。

市役所にも言い分があって、災害で崖崩れにより某希少種生息地の小川が堰き止められた時、木柵と木板で護岸復旧したいと環境省念の為10年以上前で今の担当の方ではないですよ!)に申請したら、『現状維持して下さい。』の一点張りで、地域市役所も大変困った経験がある。現場も見に来ないのに。

地方財源不足、少子高齢化インフラの老朽、生物多様性どころではないという、追い詰められてのリアリストなんだろうなぁ。都市部に居るとわからないけど、恐ろしく早い速度で地方崩壊に向かっている。

これが全てだよ。固有種の保存や生物多様性なんて金持ち道楽なんだから、黙っていて欲しい。

2024-05-09

anond:20240509171253

そう、その考え方がベーシックインカムなんだけど、仮にそれが経済合理性があったとしても、

労働美徳とする日本価値観にはそぐわない、という理由で導入されることは不可能だと思うんだよな

結局、障害者とか、受け取る理由がある人しか受け取れなくなる、そういう制度日本限界だと思う

その生活保護金も実体経済とも乖離して、現状維持どころか下がっていってるわけだから

結局は、理由も何もないのなら、働いた方がマシという世の中に、これからもどんどんなっていくはず

anond:20240509083303

労災死傷者(林業製造建設陸上輸送)を厚労省が公開しているけれど

千人率で見ると55歳以上になると死傷者率は男女比がなくなるし、どちらかというと女のほうが高い

 

逆に55歳未満は女の方が圧倒的に死傷者率が低い

 

15歳〜55歳までで死傷者率が高いのはぶっちぎりで15〜19歳の男(女もまぁまぁ多い)

25歳〜35歳が男女ともに最も低い

 

って考えると、「男だから危険仕事に就いている」ではなく「男女ともに死傷する可能性がある仕事において技術的に未熟、あるいは体力の過信、もしくは体力の衰えを甘く見ている層の事故率が高い」なんだよ

 

から女に肩代わりさせたところで同じくらい死傷するかと言われたらしない

同じくらい死傷させるために(それ以外を度外視して)女性を多く投入すると男の雇用が減るってわけだ

 

でも実際にそれは起きえない

林業建設のように男が多い業種は上層部女性忌避する

まずハラスメント教育が行き渡っていない(パワハラも含む)

次に女性が働くための準備が整っていない(林業建設業務の多くが妊婦に就かせてはいけない状態

もちろん、体力的に肉体労働を行う際の労働力が下がるため補うための投資必要になる

ならば「現状維持女性採用しない)しよう」となる

 

フェミニストに対抗しようと「死亡率だって男女平等だ!女が肩代わりしろ」としたいのならば、さすがに醜いとしか言いようがない

2024-05-08

教員不足だから調整額アップは良い案だ

理由は主に2つ。

1つは教員不足は給料問題からベアすりゃ解決するだろう、という安直すぎる理論が通った事。

これにより問題が再浮上ないし更なる話題を呼んだなら、またベアすりゃいいだろという流れになる可能性は大きい。

記憶力だけ良い馬鹿権力握りたさにお金解決したがるのはいつの世も同じで、加えて奨学金免除までやろうという始末。

調整額制定から改正まで半世紀近く掛ったが、元の調整額には当時の残業時間から逆算という根拠があった。

しかし今回は大した根拠も無い安易改正であり、そのような前例を作ってしまったまま現状維持を貫こうものなら、次のベアはそれほど時間は掛からないだろう。

この流れが続けば教員給料はもはやうなぎ昇りである

 

もう1つは教師バトンと同じ動きがみられること。

X(旧ツイッター)でもあまり見られなくなった教師バトンタグ

しか教員の現状を嘆く声が少なくなったかというと、そんなことはない。

しろ加速してるといっても過言ではない。

実際、校長すら授業に駆り出されるなんて話は10年前にはほとんど無かった。

もちろん担任出張と臨採有給が被ったり等の一時的人手不足で、校長自主学習を1、2限だけ見るというのは当時でも稀にあった。

だが校長が教鞭を取るなんて話はホントごく最近になってのこと。

教師を辞めてから聞いた話なので具体的には知らないが、もし本当に校長が教鞭を取っているのなら今の教職現場は異常中の異常事態だ。

話は少し逸れたが、教職ブラックな状況が細かいところまで表沙汰になってきたということ。

法整備に関する記事さえ出てきたのはようやくかという感じもするが、とにもかくにも良い動きだ。

 

今後も教員不足の根本問題解決しない限り、話題が一旦落ち着くことはあっても消えることなく何度も浮上するだろう。

そんな中、国はどこまで教員不足問題を金と権力で押さえつけらるのか?

教員不足関連の公での議論はまだまだ浅い部分しか行われていないが、徐々に核心へと掘り進められている。

国は踏ん張って金を差し出し続けるのか、音を上げて権利の一部を教員ないし公務員返還するのか。

何にしても今後が楽しみである

頻繁な政権交代を実現したいなら一度れいわに単独政権を任してみたらいいんじゃないかな?

多分、内政も外交経済も国の仕組みもぼろぼろにして早期に再度の政権交代が起こるだろうけど、

次についた政権がどこの党だろうともはや復旧不可能現状維持しかできなく、

国民にすぐに不満が溜まって再度の政権交代が起きてその政権も復旧不可能で…って形で頻繁な政権交代が実現する。

立憲や、共産ですら、恐らく政権与党についたら現実路線を取って、復旧不可能までは国を追い込めないので、

正しい政治のあり方の為に、シンママ低学歴障害者年金老人でもとりあえずは生きていける世の中を捨てられる覚悟があるなられいわ支持一択

2024-05-06

北陸新幹線延伸問題解決

北陸新幹線敦賀まで延伸開業したが、新大阪まで延伸するには問題が山積みである

小浜京都ルート環境問題だけでなく建設費高騰も懸念されていて、米原ルートを復活させる声が浮上してきているがこちらもJR東海との調整など問題が多い。

しかし、敦賀での上下移動を伴う乗り換えは関西北陸の流動の障害になっており、現状維持もするべきではない。

こう解決してはどうか。

1. 敦賀近江塩津間に、鳩原ループバイパスするフル規格三線軌路線建設在来線車両でも160km/h対応に。

2. 湖西線を160km/h対応にする。

3. サンダーバードしらさぎは1.新線を通るようにして、敦賀北陸新幹線と対面乗り換えを可能にする。

4. リニア中央新幹線開業後に、近江塩津米原のフル規格新線を建設

これなら敦賀近江塩津間だけの小さい建設コストで現状の敦賀での乗り換え負担を軽減でき、鳩原ループバイパス湖西線高速化による多少の時間短縮を期待できる。

リニア中央新幹線開業後なら米原からの直通の議論余地も出てくるだろう。

2024-05-02

anond:20240502092103

現状維持での解決は難しいだろう。

どちらかが折れるか、離婚するか。

子供大丈夫なのか心配

2024-05-01

anond:20240501142417

どうでもいいなら現状維持でええと思うやん

何事であれ制度を変更するには負担が発生するんだから

2024-04-29

anond:20240429222651

楽しいこともなんもなくても死ぬより生きてるほうが楽だから現状維持が楽だからで生きとるやで。

死ぬって方向に一歩踏み出すのは状況改善に一歩を踏み出すよりよっぽどキツいで。

お前も振り返ってみろ、ここで一歩勇気を出して踏み出せば友達ができたり垢抜けて彼女ができるかもしれないって状況を尽くスルー現状維持を選んだ結果がキモかね弱男やろ。

anond:20240429195802

手帳持ちのメンヘラ引きこもり生活保護と言う社会の最底辺だけど、それでも自民を支持するのは、劇的に制度を変えて欲しくないからだよ。年々受給額は減らされるけど、制度のものをひっくり返そうとしないから支持する。

底辺ってのは痛みを伴う社会改革に耐えられないか現状維持をしてくれる政党を支持する。どんな政府になろうと国に頼らず自力で生きていけるエリート程、リベラルになびくのと真逆理由だよ。

anond:20240429193549

未開民族ジャップ現状維持を望んでるからどうせ自民党以外は選ばないよ

補選の結果は偶然でしかない

2024-04-28

このままでよくね 現状維持でよくね

今のままでよくね

小手先で生きていくしかない

方向か 方向が分からないと迷子になる

まあでも変われたらいいか 実験

体調悪いなら寝るしかない

レストラン ココス どれにするか ぱっときめれる

マクド どれにするかぱっときめれる

バイトどれにするか ぱっときめれる

ス^パーでどれ買ってもらえるか 漫画どれかってもらうか

ようつべ ルナ どれみるか 好み すべて好みでみてる 好みで選んできた それでいい

まあ 心はきづつかない 腰さえ大丈夫だったらそれでいい

それで山に登れてたら大丈夫でしょ

なんでいきたいんだっけ え なんでだろう しらない

なんで生き続けてるのか 知らない

自分を信じれないから 今日歯磨きするのは信じれない

そんな得したいか? 別にいだろ どうせ死ぬんだし

2024-04-25

anond:20240425132332

例え子や孫の世代国家破滅するとしても、自分の生きている間は現状維持をしてくれることを望んで自民を支持しているだけであって、何かを変えることを望んでいる訳じゃないんだよなー。

2024-04-16

anond:20240416221646

しづつでも良い世の中にしたいという気持ちがないんだろうね

100%解決がないなら現状維持で良いと思っている

2024-04-14

anond:20240414104659

夢を失ってない若者へのアドバイスだ!!

歳を重ねると、夢を実現したい気持ちや、諦めたくない悔しさとか、そういう感覚がマヒする。

まだ見ぬ運命相手に会いたいとか、成功したい、自己実現したいって思いを、かつて誰もが持っていたぞ。

私も持っていた——…しかし今ではどうでもよくなった。

夢見る感覚がマヒして、現状維持に満足できるようになる、これこそが大人になるということなのだよ。

人生人生縛り。夢を諦めるくらいなら

たった一回しかない。

若い時間は限られてる。

人生という名のゲームは、死んだら終わりのハードコアモード人生縛り。

から夢を諦めるくらいなら。

会社辞めてVtuberになってやる。

仕事に全MPを吸われて、帰宅してから、ひとかけらの注意力も残らない。

ビール缶を開けてボーッとYoutubeショートを見るだけしかできない。

でも。

人生って一回限り。

現状維持リスク

ただ今と同じの生活を続けるだけで、リスクがある。可能性が消費されてく。

つの間にか夢を失って、人生まるごと棒に振る。

2024-04-11

anond:20240411134610

案を純粋批判できるとき現状維持が代案なんだよ

現状もダメだし出された案もダメっていうなら代案を出す必要がある

2024-04-06

anond:20240406133125

大きな割合女性はそんな感じなので他の女性再婚したとしても大きくは変わらないと思う

結婚後の行動は婚前に男から暴くのでは無理ではないか

そう考えてる男性陣が多いので婚姻率が上がらない理由の主要なものの一つだと思う

嫌いでないなら現状維持でそのまま過ごして、定年退職ごろに離婚勧告を突きつけられるのを甘受するのが現実的な流れだろう

2024-04-04

普段極左なのに教育問題になると中道右派になる人って教員

普段極左系の言動

こんなのいくらでも見るんだけど、普通パラパラと入れ替わってくじゃん。おたふく風邪みたいなもんで、1回は陥るけどその後はだいたい現実ラインに落ち着いていくもんだ。

しかし、年期が入っていてずーっとこれを言い続けてる人たちがいるよね。


最近、こう言うひとらが教育問題になると、とたんに現状維持指向中道右派みたいな事を言い出すのに気付いた。

例えば

かに


これってやっぱり教師なのかな。連中。

教師って視野が狭いし社会性ないじゃん。そう考えると色々と説明がつくんだけど。

今の1歳は6歳に比べて2割少ないから、こんな調子で減ってって学校教員は余ること確実なんだけど、学校以外ではやっていけないやつらだけ残りそうで嫌。

早く教材は中央でつくって、個別フォローAI教師がやるって時代にならないかなあ。

2024-04-03

anond:20240403074537

静岡県保守的県民性ですから現状維持重視で現職が出ればそのまま選ばれます

結局これが全てじゃん。東京愛知に挟まれ日本の大動脈に横たわっているのになんでそんなに田舎者根性なんだ。

anond:20240402175747

違います。「なぜ川勝が選挙に強いのか」の理由は単に「県自民がろくな対抗馬候補擁立できなかった」に尽きます

自民著名人候補知名度全国区でなく中途半端選挙から「現職には勝てないわ」となる候補ばかりでした。

静岡県保守的県民性ですから現状維持重視で現職が出ればそのまま選ばれます。そこを打破するにはよほどの有名人全国区話題となる候補必要でした。(そもそも川勝氏も石川知事に県立大招聘され県とゆかりができ細野豪志らかつての民主党保守派擁立された。)

三期目選挙の時に細野豪志が噂されてた通り擁立されてれば勝てたんではないか、4期目選挙の時に上川陽子擁立していれば勝てたんではないか、と思ってました(上川氏はその後外務大臣になり今では総理候補なんだから出なくて正解でしたね)。

リニアに関して大井川の水問題は水返せ運動の時から県は超党派で取り組んでることなんで、自民も「そんなの関係ねぇ」なんて言いません。問題が大きくこじれてきた3、4期目の選挙でも「水問題解決する」という姿勢は同じで大きな争点にもなりませんでした。

川勝氏のリニア発言難波副知事任期満了で辞任してから特に不安定になっていきましたね。2期目の途中で「川勝はかつて2期で辞めると言っていたか難波副知事を後継候補にするつもりでは」という憶測も流れてたのですが、ほんとそうなってれば全てに幸せだったでしょうね。

2024-04-02

不快や不満を表明しながらなお利用し続ける奴

不満を漏らした時点で解消できるようならもう最早何も云うなよ

日記に書いとけや

アンチでもない、不満を持ちながらも現状維持する層、社会問題化してるぞ

2024-03-24

人生って、うんち!

俺は何もできない人間だ。心からそう思う。

自分存在不愉快まりなくて、どうしようもなく許せない。

常にあり方を変えてくれるナニカを求め続けている。

劇的な、人生が変わるような出会いを求め続けている。

知らなかった頃は、愛がそれかと思った。今も彼女のことを心から愛している。最初に会った時には、ここから人生が動き出すのか、己の人生もようやく灯ったか

本心から期待を抱いた。淡かった。私をただ認めてくれる人間存在は、確かに助けにはなったのだが。

人は人生問題が一つ解決しても、それだけで全て救われるものではない。

浅ましいこと限りない。どれだけ欲張れば気が済むのか。渇愛の念は弱まり自責の念けが残る。素晴らしい彼女からの素晴らしい愛によって、生きる理由が一つ増えた。それでも、自分にとって自分不愉快なままだった。

生きる理由が増えたことは、生きたい理由が増えるということではないらしい。

また一つ、希望が消えた。一般的に生きる理由とされるもの。年を重ねるごとに、生きる理由の心当てが無くなっていく。私は変われないのだろうかと不安になる。

負の感情を抱くことは、それ単体で生きたくない理由になる。生きる理由ストックが減り、生きたくない理由の不良在庫けが着々と積み上がっていく。

ここまでの思考すらも負の感情足り得る。人に救われたい。でも救われたくない。

進めないまま、ここで立ち止まって生きるしかないのか。嫌だ。苦しい。

両親は善人だ、友人は善人だ、社会に生きる人間は、随分と楽しそうに生きている。

知能も、身体能力も、感情の抱き方も、愛も、信頼も、社交力も、努力も。

社会必要だとされているものが、全て中途半端。全く持っていなければ諦めもつく。

諦めるには惜しいだけの要素が揃い、上を目指すことだけはできる立場にある。立場上は。

周りの人間は私に期待してくれる。過剰な評価だ。根拠が弱い、そうあって欲しい願望だ。

なぜ自分意思でもないのに、生きなければいけないんだ?

死ぬこと自体ももちろん難しいことだ。完遂できる自信は、はっきり言ってない。

私が死ぬことは、周囲の人間に多大な不利益を引き起こす。

とにかく生きてさえいれば。現状維持か多少のマイナスで済む。

生きる理由の一つ。そしてこれも生きたい理由ではない。

辛い。決断力が人並みにしかない。全てを捨てられない。

私を生かすために私以外の人間が捧げたものを返すまで、死ぬことは許されない。

現世こそ、真に無間地獄のように思う。

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