はてなキーワード: うんことは
家で小便するとき立ってやると跳ねまくってトイレ汚れるから座ってやれって言われるじゃん?
正論だからやるじゃん?そこでうんこするときと同じように座って小便してる男は結構増えてると思う
俺も最初はそうやってたんだけどちんちん手で曲げなきゃ勢い強いと余計汚れるんだよね
そうすると勢いが落ちるからなんか微妙に残尿感が残って小便の達成感がなくすわりが悪い
友人に聞いてみたが全てこのスタイルでありそういうものと思考が止まっているように思えた
そこで俺は考えた
ズボンとパンツを脱いだうえで反対に座り便器の蓋に手を置くロデオスタイルで小便をするのだ
こうすれば好きな勢いで小便を出せて気分が良いし跳ねも少ないのでトイレは汚れない!
いちいち下を脱ぐのはめんどくさいがトイレ掃除の負担が軽くなるのには代えられないメリットがあるはずだ
みんなやろう
荷物をたくさん持ってる時にうんこしたくなって、普通のトイレの個室には入り切らないので多目的トイレを使ったんだけど、トイレから出たらおばさん二人組と出くわしたら、「痴漢!」って大声で叫ばれて1人が駅員を呼びに行き、もう1人に立ちはだかられて、それでも逃げようとしたらおっさんに取り押さえられて、最終的に警察に突き出されたのが深刻なトラウマ。スーツで一晩留置所で過ごしたし、携帯も取り上げられて会社にも連絡できなかったからこっぴどく怒られたよ。
妻の主治医を変更してからすげーガチャ引いてくれるのでありがたかった。
お陰でどんどん良くなっている。
前の先生は「薬なんかに頼るな!」っていう先生だったので、戦うのが大変だわ、1回決めた薬は変更しないわで、マジうんこ。
治る治らないじゃねぇんだよ。社会生活にコミットできる状態にするのが薬でいいんだよ!バカタレ。
エビリファイは妻も飲んでる。2mg(朝と昼)と5mg(夕方)。
具体的状況
婚姻の時期 平成30年3月28日 シェアハウスに住んでもよい。
離婚の時期 令和4年2月28日 家具を出せ、今日中に出ていけ。入るときにすんなり入れてあげましたよね?その代わり家賃を安く抑えていたんです。
離婚の理由 夫 1000回くらいうんち(うんこではない)と言われ、💩というアイコンを使用されていたから可愛かったので我慢していたが、再婚した女性が、💩をさせて後ろから強制的
に拭くだけ、令和5年7月15日以降の放火回数が多く、受忍限度を超えたため。 令和6年2月26日に延岡市で暴行、 27日も同様、
3月13日の朝方5時30分頃、延岡署の警らのクソガキの正体が露見した、3月19日に延岡署のざちゃんに拡声器を振り回された、3月28日に持って
っていってもこちらは本社にいられるような花形部署ではなく場末の部署なので本社ではありません
プロパー社員以外はスマホ持ち込み禁止、Apple Watchどころか、腕時計や腕時計と勘違いされるようなヘアゴムさえ持ち込み禁止
しかもノートも持ち込み禁止なのにマニュアルも整っていないから
毎日『前も言ったけど〜!!』の怒号が飛び交う
数学の世界では結局何が課題になっているかと言うとまだ分かっていない。フェルマーの最後の定理は定理であって問題とされてない。しかし現代数学の場合は何かを作ること自体が問題化
されている場合もありまだ判明していない。弁護士の鴨田譲は、そういうようなものであるというが、それは噓であって検事は、技術であるというネタをばらした。しかしばらすとともに技術は難しいから
存在していないといった。技術と言うのは要するに、出すということであってそれが非常に難しい。ここで出す、というのは、肛門を通じてうんこが出て来るというとは違って、証明の中に昔からある
完全な無欠なものが出て来ることで証明になるということだから、ママの言っているうんこを出すことと、証明の中に完全無欠なものが出て来ることは技術的助言として違う。東京都知事の小池百合子が
技術的助言をするときは法律解釈構成においてどこの条文を出すかといったことがほとんどである。 品田幸雄が民事訴訟法を適用する以前の話として民事訴訟法自体の規定が多分に技術である
ので、どこかで作っていた完全無欠なものを出すことで条文が出来ているので、民事訴訟法の事件を論じる前に民事訴訟法の立法技術を勉強しなければいけない。
新進気鋭の新聞記者時代の晴生が、安徳の息子の竜輝がやる気とならないので、間違えて新聞記事の言語を間違ったように組み直していたところ竜輝が怒り狂って
その言語を必死で新しいものに組み替えるという夢を見た。その際に、竜輝と、久美子の娘が、 だって私たち・・・うんこなんだもの・・・といったメッセージで出来ないというような夢。
2,3時間前は、よし子が生きていた時代に延岡を動き回っていたバスの中に、パチンコのスロット台があってその周辺に100円玉が30枚くらい落ちているので俺が必死で拾っている夢。
しかし、それにより3000円がたまったと思っていたら、そのバスが詐欺の長距離バスで、次の停車駅が遠方でそこまでの料金が16000円くらいになるからなんだよといった感情を想起させる夢。
もう3、4年前になるが、がちのよし子とか晴生とか安徳、久美子が集まっていた桜小路333-6の家は、もう腐敗臭がしていて全盛期、最盛期の時代は終わっているといった夢で、そこにもう
40代だろといったような年齢の感情の要素を執拗に強制してくる。
赤羽交番の大地と、晴生を重ね合わせて、その横に、郁子がキリギリスの踊りをして、郁子が、自分はもうバッタかキリギリスのような身体状態だから先がないということを必死で主張する夢
ときわ台メリーガーデンの左から6階に住んでいる男が、 最盛期のグレイを挙げて、美的輝彦であるといった強烈な夢 それ以外は、 ラーイフラーイフといった非常に弱い夢
続きです。
しかし、結果的に言うとマンガ部も違った。こんな言い方が正しくないのは分かっているが、みな意識が高すぎるのだ。真面目にマンガに取り組もうとしている人たちばかりだった
「人は経験したことだけしか描けない」という信念のもと、学外活動にも熱心だった。いろいろな経験を積むことで、その経験が作品に、キャラクターに深みを与えるのだと。マンガが好きだからマンガしか読んでない奴には面白いマンガは描けない。そう断言してはばからない人たちだった
しかし俺はその考えには否定的だった。なぜならエロは自由だからだ。エロく感じるなら現実など無視して良い。腹ボコも子宮姦も感度3千倍もリットル単位の精液も、どれも現実にはありえない。だがありえないからこそエロいのだ。現実に縛られずに自由に描けるからエロマンガやエロ同人はエロいのだ
そして俺は漫画家になりたいのではない。エロの二次創作がしたいだけだったのだ。そのためだけに絵を練習してきたのだ。男などは描きたくはないが、竿役がいないと始まらないので仕方なく練習した。毎回毎回異空間に閉じ込める訳にも行かないから、背景も勉強して練習した。もちろん女体もしっかり練習した。だがしかし、精緻な設定も重厚なストーリーも人生経験もエロ同人には必要ないし、そもそも俺にそんなものを生み出せるはずもない。生み出そうという気持ちすらない。俺にとって重要なのは、読子やまほろさんをんほおさせること。それだけだからだ
とはいえ先輩方の絵は上手かったし、デッサンの勉強会なども定期的に行われていて、同期で入ってきた部員も何人かいたので、しばらくはこのままでいいかと思い、部に残ることにした。表向きは俺も漫画家志望だということにして
マンガ部では定期的に部誌を発行しており、部員は全員それに載せる作品を描くことが義務だった。作品を落とすことは一度目はセーフだが二度目はペナルティ(部員全員に食事を奢る、部誌の印刷代を出すなど)を課すという厳しいものだった。なので落とす人はほとんどいなかった。が、これに毎回苦戦していたのが俺だ
だってそうだろう。自分が一から考えたマンガなど、俺は一度も描いたことがない。ストーリーがあるマンガも描いたことがない。だが見様見真似でコマを割ることを覚えたりと、マンガの形式を少しづつ学べたのは良かったと今でも思う
そうして大学生活や部活動にも慣れ始めた頃、ついに俺は念願を実行に移すことにした。そう、エロ同人作家としてデビューすることだ
いきなりコミケはハードルが高すぎるし、何よりもサークルの当落があるので、本ができても落選では意味がない。だからまずは手近なイベントにしようと俺は考えた。ネタとしてはやはり、当時人気だった「おねがい☆ティーチャー」が鉄板だと俺は予想した。印刷所も手配し、同期にも手伝ってもらって原稿も描き上げた。この同期は真面目でエロマンガやエロ同人などには良い感情は無かったが、それでもマンガであることには変わりはないと割り切って手伝ってくれた。マンガとして成立しているかもきちんとチェックしてくれた。コマ運びや大ゴマの使い方など、エロ絵しか描けない俺の絵を「マンガ」にしてくれたといっても過言ではない。ただ、俺が本当にやりたかったのがまさにエロ同人だったと知っていたら手伝ってはくれなかっただろう。そういう意味では騙したみたいで、今でも時々申し訳無さを感じる
そうして出来上がった俺の初のエロ同人誌は、自画自賛だがなかなかのものだったと今でも思う。もちろん今から見れば何もかもが荒削りだし、絵だって素人にしてはまぁまぁ、というレベルだ。当時と今とでは要求されるレベルが違うが、それを勘案すれば「まぁまぁ」だった(今基準ならクソ認定されるかもしれない)
そして結論から言うと、俺のこの初エロ同人誌は完売した。ビビって100部しか刷らなかったのを後悔した。初めてのイベント参加で、初めての本なんか売れるわけがない。そうネットでは言われていたので、100部というのもかなりの冒険だったのだけど、当時は最低ロットが100部からだったので仕方なかった。今のオンデマンド方式なら部数は自在だから、30部ぐらいにしていたかもしれない。それはともかくとして
初めてのエロ同人が完売したという事実に俺は喜びに打ち震えた。たった100部とは言え、初めての参加で初めての本だ。それの「完売」の勲章は何物にも代えがたい。今までの努力が認められた気がした。エロ同人作家として価値を認めてもらった気がした。子供の頃からなりたかったエロ同人作家に、いちおう俺はなれたのだ
そこから俺はイベントごとにコンスタントに新刊を出すようになっていった。この頃にはとらのあなが最大勢力で、信長書店やメッセサンオーといった同人を扱うショップも多くなってきた。一方で長年お世話になっていたLLパレスは悲しいことに規模を縮小していったが、こういうショップが勃興することで、俺は部数をどんどんと伸ばしていった。イベントで売れ残っても、その在庫をショップが引き受けてくれるのだから、スペースの限界まで持ち込めるのだ。100部から始まった俺の本の印刷部数が4桁後半になるのもあっという間だった。実家から離れて一人暮らしを始めたのもこの頃だった
一方で同人活動にかまけて、学業どころか大学生活が破綻するようになった俺は留年の危機を迎えていた。おまけに世は就職氷河期真っ只中である。だが俺はまったく気にしていなかった。この頃の俺は1000万円以上の収入をエロ同人から得ていたからだ。就職も卒業もする意味も理由も俺にはまったくなかった。が、親に懇願されたのもあって、卒業だけは一応しておくかと思って追試でどうにかなった。大学側の温情も多分にあってのギリギリ卒業だった
親からは就職をどうするのかと何度も問い詰められた。いまの状況ではまともな就職など出来ない。だからしばらくフリーターをやると言うと、それなりに納得していたようだった。エロ同人作家もフリーターも似たようなものだ。だから俺はここで本当の「エロ同人作家」になった。大学生のお遊びではない、本物になったのだ
さて、無事に大学も卒業して「職業、エロ同人作家」となった俺は、変わらずに活動を続けていた。好きなアニメやゲームを見ては妄想と股間を膨らませて、いかにこのキャラをアヘアヘ言わせるかだけを考えていた。清楚なタイプならギャップ萌えでダブルピースも悪くない。ロリロリでもアリだ。ちょうどこの頃はメスガキ分からせという概念も生まれつつあって、それに乗った俺は絶好調だった。少なくとも表面上は
だが、当時は分からなかったが実は俺はほんのりとスランプを感じていた。マンガの技術は桁違いに向上したし、画力だってプロと比べても遜色ないほどに腕を上げた。しかしやってることや描いてる内容は最初のデビューの作品から何も変わっていない。いや変えられなかったからだ。技術レベルは上がっても、「中身」は小学生レベルなのだ。小学生の描くバカみたいなマンガをプロが清書してるだけのようなものなのだ。誰を描いても、何を描いても「うんこ! おしっこ! ギャハハ!」だ。そういうものを延々と再生産しているという事実に気がついた時、俺はゾッとした。結局のところ、俺はエロ同人「作家」としては何も進歩も進化もしてないのではないか。そう思った
学生の頃、マンガ部の真面目な先輩たちが真面目にマンガを描いていたのを見て、意識が高くて違うなぁと思った。俺にはそんなものは不要だと考えた。エロ同人に必要なのは、一にも二にも画力とエロスだけだ。そう信じていたが、そうではなかった、エロとはそんな単純なものではない。…俺はそんな風に段々と思うようになっていった。エロスとは人間の真実を浮かび上がらせる深奥なる営みの一部なのだ、と。今頃になって先輩たちの「人は経験したことだけしか描けない」という言葉が俺の心をえぐるようになっていった
しかるに今のこの俺はどうだ。実際のセックスなど知らずに、小中学生の妄想をただ絵で表現しているだけの、エロスも人間も描いていないただ手先が器用なだけのバカなのではないか。小手先でエロい絵を描いてるからある程度評価されてるだけで、「作家」としての評価は下の下なのではないか
俺は「漫画家」になりたかった訳では無い。ただエロ同人作家でありさえすれば良かった。だがエロ同人作家であろうとするなら、同時に「漫画家」的な資質も要求されるのだということを、俺はようやく思い知った。エロいからというだけで、設定など無視してキャラにアヘ顔ダブルピースをさせるなど、そもそも作品を理解していないから出来ることだ。果たしてそれは二次エロとして正しいのか。エロ同人作家としてあるべき姿なのか。そんなことを突きつけられた気がした
今から思えばそれは事実だった。だが当時の俺に、その事実を受け入れ、飲み込む度量はなかった。なまじ売れていたからこそ、自分が真のエロ同人作家ではないという事実が受け入れられなかった。あれほど憧れたエロ同人作家として成功したというのが、すべて幻だった、勘違いだったなど受け入れられるはずがない
だから俺は、「本当のセックス」を知るためにまず風俗に行くことにした。実際のセックスを体験すれば、それが何らかの形でマンガにフィードバックできると考えたからだ。そのフィードバックを得られれば、俺は一つ上のエロ同人が描けるようになる。そう信じた。マンガ部の先輩たちが言っていた「人は経験したことだけしか描けない」という言葉に、今更のように俺はすがった
だが、「実際のセックス」は俺の求めたフィードバックもインスピレーションも、何も与えてはくれなかった。実際のセックスはさほど刺激的でもなく、快感という点でも右手に大きく劣るという有り様だった。しかし一つだけ大きな学びがあった。「セックスはいうほど気持ちよくはないが、しかし女の子とイチャイチャするのはたまらなく心地良い」のだ
話は少し前後するが、俺は外面が良いというのは何度も書いた。芸能人レベルのイケメンとまでは言わないが、雰囲気イケメンぐらいではあった。身長だって175センチあって、武道で鍛えてはいたので細マッチョだったから小中高と女子には受けは良かった。告白されたことも何度かある
でも俺はそれらを断った。なぜか? それは真実を知ることで幻想が壊れることが怖かったからだ。そして己の欲望をありのままにぶつければドン引きされるのが分かっていたからだ
俺とて子宮姦など現実にはできないことは知っているし、そんな長大なナニも持ち合わせてはいない。感度3千倍なら脱法ドラッグあたりなら何とかなるかもしれないが、それとてリスキーが過ぎる。なにより俺には妹がいると最初に書いたが、そのせいで「現実の女」に対する期待値などゼロだった。「人語を一応は解する邪悪な獣」である妹が俺の中では現実の若い女性のモデルケースだったので、そんなのの類似品と「お付き合い」など出来るはずがないし、したくもなかった。故に俺はセックスへの憧れ、期待を持ちつつも実行には至らなかった。現実の女子などは鬼神のごとく敬して遠ざけるのが最良なのだ
とはいえ性欲は人並み以上にあったので、ヤりたい気持ちは常にあった。ヤれそうなタイミングもあった。しかしエロ同人的な世界観を内面化している自分が、常識的なセックスで満足するとは思えなかったから踏みとどまれた
話を戻すと、いざ実際に現実の女子と致すと、なるほど予想の通りにさほど気持ちよくはなかった。全くの想像以下だった。しかし、事前事後に快感とは別の多幸感のごときが押し寄せてきたのだ。これは予想外、想定外だった。幸せホルモンがドバドバと脳内に分泌されている。セックスとは竿の快楽だと考えていた自分にとっては、これは盤外戦のような感覚だった
だがこの感覚をマンガにフィードバックはできない。竿役のおじさんや触手が多幸感を感じたというのをどう表現しどうエロに昇華できるというのか。悩み、迷走した結果、俺は今まで通りの路線で続けることにした
ところでこの頃、自身の迷走もあって売上はよくて現状維持、ネタによっては大きく落ちることもあった。かつて数千部を誇った発行部数も在庫として積まれるようになっていった。そして何度も言って恐縮だが、俺は外面はまぁまぁいい。高校生の頃からの習慣で、イベントには常にピシッとした装いで参加していた。それは落ち目になったこの時でも変わらなかった
後にどこかで聞いた話だが、腐女子などもイベント参加のために気合の入れた服や装いを用意するらしい。大事な同人イベントや敬愛するサークルのスペースに訪問するのに、勝負服を着ないでいつ着るのか、という文化があるらしい。俺の装いへのこだわりもそれに近い、と感じた。俺はエロ同人誌が好きだった。それが頒布されるイベントも好きだ。それへの、そこへの敬意として正装をする。それらに対して恥ずかしくない格好をする。もちろん自分なりの、ではあるけれど、それが「礼儀」なのだと俺は思う
そして迷走してはいたものの、まだある程度の売上があったこの頃、この俺のファンだと名乗る女性がサークルスペースに現れた
まだ続きます。。。
がっつり固形のやつ
まぢありえないんっすけど
二度目やでホンマ勘弁してや
昨年初遭遇した
湯船に頭浸けて浮いてるおっさんの側に痰が浮いていた
よく見たらうんこも浮いてた
通りがかったスタッフに「これヤバくね?」と声をかけたら若い兄ちゃんはテンパってた
スタッフ一人では湯船から持ち上げることはできへんから、手助けしてやった
ひっくり返して湯船から引き上げたら口から水だか汚物だか泡だか吹いとったわ
「とりあえず救急車を呼べ」
他のスタッフも来て顔を叩いたり、体を揺すったり、応答は無い
5分で到着した救急車はウンコ犯を確保、担架で運び出し、その後サイレンを鳴らしながら走り去っていったので脈はあったのだろう。
スタッフはお湯を抜いて清掃していた
他の浴槽はぬるいんだよなぁ
その後も3時からのロウリュウサービス他館内サービスは何事もなかったようにつつがなく進行
しかしコレそろそろ社会問題になるだろ、銭湯のウンコ問題、老齢化の弊害
ところで、1度目のウンコ事件ではスタッフはウンコをすくい上げただけでお湯を抜かずにサービス続行してた
客の脱糞に関して保健所やらの指導や法律は無いのだろう、想定外だわな
まぢで?
銭湯の名前は書かへんで、パチンコ屋が母体やから法的な問題は起こした無いねん
わざとらしい関西弁は気にせんといてや