2023-12-10

昔の日本の人々が主に食べていたもの

ここでは、和食が飛躍的に発展したと言われている平安時代江戸時代の人々の食生活について解説します。

平安時代

まず平安時代ですが、当時は農業技術がまだ確立しておらず、農作物生産量が限られていたこから庶民が白米を口にする機会は滅多にありませんでした。

このため、庶民は麦、アワ、ヒエなどの雑穀主食としていました。

雑穀がゆ、汁物、おかず3品程度といった「一汁三菜」が基本で、副菜には野菜和え物酢漬けなどが並んでいたそうです。

たこの頃、食事は朝と夕方食事を取る「1日2食」が基本でした。

江戸時代

江戸時代になると、庶民食事は「ご飯味噌汁漬物」という「一汁一菜」が基本になります

漬物は、たくあん梅干しぬか漬け、らっきょうなど、今でも私たちが食べているものが並んでいたそうです。

また味噌汁には、ワカメ海苔といった海藻類が入っていたそうです。

庶民の中でも比較的裕福な家庭では、一汁一菜に加えて煮豆納豆などのおかずがつく場合もありました。

また奉公人を抱える町人や下級武士場合は、ご飯味噌汁漬物に加えてイワシなどの魚を食べることもありました。

ちなみに、江戸時代初期までは平安時代と同様「1日2食」が一般的でしたが、江戸時代中期になると朝、昼、夕方食事を取る「1日3食」が習慣として定着したと言われています

江戸時代後期になると、裕福な家庭や町人だけでなく、多くの庶民食卓に「米飯味噌汁漬物・おかず1~2品」が並ぶようになります

特に庶民は白米を中心とした食生活を送っており、時には1日に1人4~5合の白米を食べることもありました。

なお、魚が食卓に並ぶのは、裕福な家庭でも2週間に1回程度だったと言われています

魚の中でも、比較的手に入りやすマグロイワシなどが庶民には好まれていたそうです。

基本的には刺身や膾(なます)にして食べていましたが、江戸時代後期に七輪(しちりん)が登場してからは、焼き魚食卓に上がるようになったと言われています

https://www.yhg.co.jp/taiyo33/column/%E6%98%94%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E8%8F%9C%E9%A3%9F%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%9C%AC%E5%BD%93%EF%BC%9F/#toc1

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん