うろたえた俺は、あわてて彼を引き止めようとした。
「そ、そうだ、明日も見に来てよ。アノニマンがいないと不安で失敗しちゃうかも……」
「アノニマンの教訓その15! 『頼れるときは頼れ、ただし甘えるな』!」
いつも芝居がかっていた声の調子が崩れるほどに、アノニマンは俺を怒鳴りつけた。
「キミはいつまでも、そうやって誰かに甘えて生きるつもりか? 母親がいなければ父親、父親がいなければ兄か? 次は私か? そうしないと君は何もやらないのか? できないのか!?」
だけど、その声に怒りのような感情はない。
『私はキミの親ではない』と言いながら、まるで親が子供に言って聞かせるように俺を叱りつけたんだ。
「キミには自分で考える頭と、自分で動かせる身体がある。そうしてキミは“ソレ”を選んだ。ならば私がいようがいまいが、やるべきことは変わらないはずだ」
「……うん、今まで、ありがとう」
そう返すしかなかった。
なにより、そこまでして彼を困らせたくなかった。
「さらばだ、少年よ。他にも、どこかで泣いている子供がきっといる。助けを求めていなくても助けなければ!」
アノニマンは、いつものようにマントを翻しつつ俺の前から去っていった。
そう、アノニマンは助けを求めていなくても、助ける必要があると感じれば手を差し伸べる。
逆に言えば、助けを求めていても、その必要はないと思ったら助けないんだ。
アノニマンがそう判断したのなら、俺はそれに応えるないといけない。
そうして翌日。
俺がみんなの前で“成果”を見せる時だ。
「とりあえず広場に来いって言われたから来たけど、何が始まるんだ」
みんなが俺を見ていた。
今まで味わったことがないようなプレッシャーが押し寄せ、体が上手く動かない。
なにせ自分の意志で人を集め、改まってこんなことをするのは始めてだったからだ。
「おい、早くしろよ」
兄貴が急かしてくる。
みんなを呼んでくるよう頼んだから集めてくれたのに、俺は何もしないのだから当たり前だ。
何もしない人間を見ていられるほど、みんなは辛抱強くない。
別の日にしよう、という考えが何度もよぎった。
その度に俺はそれを振りほどく。
この日やらなかったら、一生できない気がしたからだ。
アノニマンの教訓その7、『やり続けた者の挫折こそ、挫折と呼べる』。
俺はまだ挫折の「ざ」の字すら見ていないし、やめる理由がない。
「あれは……カンポックリ!」
「なにそれ?」
「えーと、つまり缶に紐を通して作ったゲタみたいなモンだよ」
「ふーん、それで何をするつもりなんだ、あいつ……」
俺は缶に足を乗せると、手で紐を真上に思いっきり引っ張る。
「よし、いくぞ!」
俺はカンポックリで走り出した。
「うおっ、はやっ!?」
それはまさに“走っている”と表現していいほどの速さだった。
「すごいな、しかも桃缶とかじゃなく、小さい缶コーヒーであそこまで……」
「さて、次のステップはその“頑張れること”を何にするかだ。もちろん好きなもの方が良い。アノニマンの教訓ではないが、『好きこそ物の上手なれ』という名セリフがあるからな」 ...
そして翌日。 まずアノニマンは、俺にその“道”がどういったものかを教えてくれた。 「アノニマンの教訓その1、“居場所とは社会の縮図”である! その中で自分の居場所を見つけ...
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その当時、俺と兄貴は学童保育のお世話になっていた。 古臭い一階立ての家に、俺や兄貴くらいの歳の子達が数人。 正直、俺にとっては良い環境とはいえなかったな。 家の中にある...
住んでいる町の治安はいいか。 観光客っぽい人に、一度そう尋ねられたことがある。 その時、俺はどちらともとれる表現で返した。 治安が悪いから、そんな反応で濁したわけじゃな...
≪ 前 次に俺は片方だけ足を上げ、クルリと回ってみせる。 「な、なんて機敏な!? まるで自分の足のように動いているぞ!」 緊張は解けていないが、練習したとおりに身体が動い...
完結……?