2018-09-20

チャリティー関係を見るたびに思う事

私は今回、北海道地震被災した道民の一人だ。

災害等があり、その度に募金などを呼びかける活動を見かける。

それはいい事だと思うし、お金が一番大事なのは分かる。

ただ、子供の頃から被災者や被災地に対して「頑張れ」や「応援してます」と言うのは傍から見ていて何か違うと違和感を覚えていた。

大人になり、今回地震により被災者になった事により、支援する側から支援される側になった。

当然、そうなると今度はチャリティー関係支援自分らに向けられるワケなんだけども、

やっぱり「頑張れ」とか「応援している」と言われて、何かが違うという違和感被災者側になった事により、より一層疑念が生じた。

別に嫌だったりとかネガティブ感情になるわけではない。寧ろ支援してくれるのは大変有難いと思う。

ただ、だからといってポジティブ感情になるかといえば、そうでもなく、プラスでもマイナスでもないモヤモヤした感情が心と脳内に渦巻き、複雑な気持ちになる。

そういった事情もあり、申し訳なく思いつつもその手のチャリティー系の番組は見れなくなってしまった。

アーティストチャリティーライブをしたりと、ハッキリと分かりやす仕事をした上でのチャリティーであれば、すんなりと受け止められる。

でも、有名人達の被災地(被災者)に対する言葉と、募金の呼び掛けになるとモヤモヤしてしまうのは何故だろうか。

凄く嫌な言い方をすると、そういう綺麗な部分を見せて、世間の同情を誘うような事をした方がお金を集めるのに有効から、そういうやり方に疑問を抱いてしまうのだろうか。

結局、どういう手段を使おうと合法的手段であれば、お金は集められるだけ集めた方がいいだろうし、

復興に対する一番の方法は、お金正義な部分もあるわけで。

私のこの感情は一人で抱えたまま、どうにか過ごして復興を待つしかないのであろう。

私一人の感情をどうにかするよりも、一円でも多くお金を回した方がいいのだから

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