きらびやかな首都東京を目指して、見事それがかなったというわけでもない。
地元の国立大学に行くこと能わず、すると東京の私大に行かざるを得なかった負け組である。
田舎者だから、東京というのはどこも人が多くてなんでもあるのかと思っていた。
でも、上京してみたらどうも、そうでもないらしい。
この記事も平日朝の中央線に乗って書いているが、普通に座れている。
東京の中央線というのはもっととんでもなく混んでいるものと聞いてみたので、あてが外れた感じだ。
思えば地元の小さく、短い電車と桁違いの大きさであるというのもあるのだろう。
一度地元へ戻ったら、地元の方でこそよりひどい混雑に悩まされて驚いた。
今のところ東京で見聞きしたものは、だいたい地元にあるようなものしかない。
この前の田舎と東京を比較する記事では、いなかはぶんかがないとされていた。
その文化とは何なのだろうか。よくわからない。今東京ですでに見つけた文化的ものといえば
それ以外には特に見つかっていない。
と、だいぶ違うような感覚を覚えながら、負け組である自分は街を歩く。
おそらく、もうちょっと長く住めば、「首都」を味わえるということなのだろうか。
東京もまた、きらびやかな都市住民だけのものではないのかもしれない。
首都にあって依然として都市住民としてではなく、田舎者として生きることになるのだろうか。
まあ、それもいいのかもしれない。