考えなしの大人が「本を読め」と言ったりするが、幼稚園の頃や小学生低学年までに
本の読み聞かせなどして、物語を言葉だけで浮けとる訓練をされていない子が読書の
習慣など持つ訳がない。
本を読む子が賢いのではない。賢い子が本を読むのだ。
大体、どう言う本を読めといえない時点で親も読書の習慣ないとしか思えない。
スプーンでしか食事できないより箸が使えた方が良いよね。程度には本が読めた方が良い。
フランス料理のフォーク、ナイフが使えるそんなレベルで読書など出来なくて良い。
本はお酒と同じで、多少嗜める程度で問題無いのだ。
読書は、知識と経験が無いと楽しめない。知識と経験を総動員して堪能するのだ。
だがこれは一種のスキルなのかもしれないと思ったはてブがあった。
推理小説の有名どころを挙げられても、読んでもちっとも面白くないと言う人物
が居たのだ。本読みは同じように堪能出来る物と思っていたが本が読めるのと、
だから本を楽しむ能力の無い人に本を読めと言うのは苦行を与える様な物だろう。
必要な読解力が備わっていれば無理に本を読む必要は無いのだ。
大体、人は自分の望む物しか読まない。それは人を偏らせ害と為す。
勝手に脳内補完する癖がついていて対人コミュニケーションが壊滅的だった。
だから本は人の糧にもなるが、溺らして人の成長を阻害することにもなる。
中学時代に勝目梓、菊池正行、菊地秀行、志茂田景樹なども良く読んでいた。
読んではいないが、都知事の障子ちんぽな本も中学生の子供に読ませたい物で
はないだろう。
架空戦記なども、超兵器があれば一発逆転的な作品が多く、宇宙戦艦ヤマトや
ガンダム等の一機の超兵器が戦況変えるなんてファンタジーが強調されてたり
する。
現役の自衛隊幹部が少数精鋭で航空機を揃えるな宣うバカが居たり、自分達の
造ったファンタジーに酔いしれてたりする。10億人の国に対峙するのにだ。
軍事は質と量なのに!!
話がそれてしまったが、結局本は本人の能力程度にしか読めないのだ。
そこら辺は周囲の人間が子の能力を伸ばしてあげないとどうし様もない。
漫画でも本でも読んでいたら、どう面白かったか聞いてあげたりするべきだ。
そうすることで読む力はついていく。