そこに住むキサラギは、小さな小学校の前で雑貨屋を営んでいた。店の前をほうきで掃除をしていたとき、この町では見ないようなパリっとした服装の男が現れた。
男は、大手ブランドのロゴが入った看板を指さして、「事務用の机とイスを探しているんだが」と言った。
キサラギは、その男の足元から頭の先までを怪訝そうに眺めた後、ひとこと言った。
「あいにく、在庫を切らしていてね。すまないが他を当たってくれないかい」
男は、「また、気が変わったら、呼んでくれ」と一枚の名刺を置いていった。
名刺には、「神羅カンパニー総務部備品係 宝条太郎」と書かれていた。
キサラギは、このときこの唐突な訪問者に対して、どのような感情を持って接すればいいのかわからなかった。
昼ごはんを食べていたとき、近所の服屋のおばちゃんが駆けこんできた。
「作業着が200着も売れたんだよ。前金で!」
一年の収入を一度に得たおばちゃんは、大金を目の前にして、正気を失っていた。
この噂は、この小さな田舎町をあっという間に駆け巡った。
本屋では、たくさんの雑誌が定期購読され、肉屋では、測量工事の弁当が定期契約された。
酒屋では、贈答用のワインが大量に発注され、タバコ屋でも、タバコの注文が大量に入った。
しかも、どの店でも前金だ。言い値をふっかけても、この街に突如してやってきた男は嫌な顔ひとつせずに金を置いていった。
町は突如としてやってきた「神羅景気」に湧いた。
おこぼれにあずかろうと、急に軒先に看板を出す者さえも現れた。
酒場では、漁師たちがあの男と盛大な宴を繰り広げる日が続いた。もちろんすべてあの男のオゴリだ。
キサラギは、嫌な予感を感じていた。こんなことがこの町に起こるはずがない。
ひと月ほどの時間が流れ、また、男がやってきた。
「顔を覚えてほしいと思ってね」と男は言葉少なに店を出ていった。
この男の行動が気になったキサラギは、そのあとをつけていくことにした。
男は次々と町内の店で前金で大量の注文をしていった。神羅の本店で使うのだろうか。異様な光景だったが、男の申し出を断る人はいないようだった。
買い物を終えると、男は町の長老の家へ消えていった。
キサラギもそのあとを追い、物陰に隠れ、男と長老の様子をうかがった。
男は長老に言った。
「この町の海辺に魔晄炉を作らせてください。お礼はうんと弾みますよ。これであなたの町での地位も安泰だ。」
「すぐには返事はできん。少し考えさせてくれんか」と、長老は男にいった。
「それでは、前向きなお返事を待っています。」
と、ひとこと言い残すと、男は長老の家を出て行った。
男が去ったあとで、町の重鎮たちが長老のもとへ集まってきた。
「神羅がやってきたのは、魔晄炉のことか」と重鎮のひとりが長老へ詰め寄った。
「これはこの町にとって願ってもない機会かもしれんが」と、長老はつぶやいた。
「これができれば、仕事がない冬にミッドガルへ出稼ぎへ行くこともなくなるし、悪い提案ではないと思うが」
「そうじゃ、そうじゃ。若い人も町へ残ることができるだろうし、ミッドガルから人もくる。」
「この申し出を断ったら、この町が注目されることはもうないだろう。」
「魔晄炉は動かし始めると1000年もの間、それを見守り続けねばならない。魔晄炉に何かあったときは、我々は運命をともにすることになる。何代もの子孫にかかわることを我々だけで決めて構わんのだろうか。子供や孫たちはわしらの決めたことをどう思うのか…。わしには分からん。」
重鎮たちの意見はまとまったが、神羅がこれくらいのことで諦めるはずはない。
魔晄炉のためにこの町が背負う十字架はあまりに大きすぎる。キサラギは、この小さな田舎町の行く末を案じずにはいられなかった。