これが、その人の経歴のすべてである。
これだけで、社会的には十分にアウトサイダーであるが、こういった人は幼少期の親からの愛情不足や、虐待、家庭環境の問題や、学生時代におけるいじめなどの経験がある場合が多い。
その人は、顔の見栄えやスタイルは悪くない。
貧しい家庭で育ったわけではない。
友達がいないわけでもない。
頭が悪いわけでもなく、あまり勉強もせずにMARCHを卒業した。
一見するとごく「普通に」、まっとうな人生を歩むように思われる。
これらの条件を持つおおかたの人は、このような次元で、葛藤して、悩み、苦しみながら、たまには喜びを見出すだろう。
だが、その人はそうではなかった。
その人は、幼少期から少し遠慮がちなところがあった。人と打ち解けるのに時間を要した。小学校のころから、将来の夢なんて叶うはずはなく、大人になるというのは地獄の世界に慣れるようなものだと思っていた。時には面倒で死にたくなることもあり、日々を楽しみながらも、どこか常に厭世的であった。
その人は、たいていの人が当たり前のようにする部活動も、友達と遊ぶことさえもせずに、人との関わりをできるだけ避けて、夏休みは毎年部屋に引きこもっていた。勉強も何事も、本気で向き合おうとはしなかった。成功も失敗もなかった。あるのは周りとの差と、鬱屈とした気分だけだった。それがその人にとっては楽だった。
その人は、つかの間の幸せであっても、失う恐怖に怯えた。何かしようとする毎に「どうせ無意味だ」という音が、遠くから聞こえた。また、悲しい現状にある人のことを想い、偽善ぶった罪の意識に悩まされた。
その人は、ありもしない失敗に怯え続けたため、迫られた選択をことごとく回避した。結果的に、強烈な自己否定感と疑いの眼差しだけが唯一のアイデンティティである、どこにでもいるような「普通」の歪な人間が出来上がった。
そして、その人は非常に重要な選択から逃げた末、生きているのか死んでいるのかわからない状態になり、ついに沼に嵌まったように身動きが取れなくなった。
その人は、努力をしなかった。
その人は、努力したいと常々思っていたが、できなかった。
「普通」になるために這い上がってやろうという強い意志が、たまたま醸成されなかったのかもしれないし、努力する方法を知らなかっただけなのかもしれない。
「普通に」考えるとその人は、恵まれたカードを与えられたにも関わらず甘え続け、生温い絶望気分に感傷的に浸っている、クズ以下の人間であり、唾棄すべき存在だろう。
その間に「普通」の人は、コツコツと経験を積み、「自分の力」で成長してきたのだから当然である。
その人に、何かしらの病名があろうとなかろうと、それは現状に甘え続けた結果だった。
その人には、「普通」ができなかった。
なぜだろう。
そういうのは2ちゃん行きな