数年ほど演劇に携わっていたが、色々な事情が重なって現在、演劇の2文字をみるのも嫌で嫌でたまらない状態になっている。
特に、金も人も時間も足りない小演劇界隈は、劇団を抜けるのにも相当覚悟がいる。
何でもそうだが、特にこういう表現系の活動は、よっぽど好きじゃなきゃ続かない。本当に。
昼もなく夜もなく、生活のすべてを芝居に捧げ、寝る間も惜しんで舞台に立つのが楽しい――そういう人間でなければ、あの界隈で活動を続けていくことは出来ない。
たとえ金がなくとも、創作さえ出来れば幸せ。そういう人でなければ向いてない。
寝不足の目をギラギラに輝かせ、狭い市民センターで稽古や、あるいはサイゼリヤで一番安いドリアをつつきながら打ち合わせをし、劇団評に花を咲かせ、チキンを1個ずつ分け合う。
そして3時過ぎに布団に入り、翌朝早くからバイトに打ち込む。夜にはまた稽古。そんな人間ばかりだった。
はっきりいって全員病気だ。
だが、本人たちにとってみればそれは、エネルギーに満ちた充実した生活なのだ。
ある日、自分の将来をふと考えた際、とてつもない虚無感に襲われた。
このまま生活していけるのか。一度考え始めると、不安はどんどん膨らんでいった。
結果、どんどんモチベーションは下がっていった。
もともと小演劇に疎かった自分は、仲間内のトークにもついていけていなかったのも辛かった。
やがてフラストレーションが積み重なっていった結果、日常で突然泣き出してしまうほどになり、結局その後、演劇活動から手を引くことにした。
これはきっと、演劇だけの話ではない。
あらゆる創作活動、表現のジャンルでも、貧乏を飲み込んで打ち込む覚悟がなければ、とてもじゃないが、続けていくことは出来ない。
ラッキーなことに、家が金持ちだったり才能があったり、そういう人はその分の補正がかかることもあるかもしれない。
もし、これから何らかの表現に携わろうと考えている人は、そこのところをよく考えてみるべきだと思う。
自分は貧乏でも続けていく覚悟はあるのか。それほどに病気であるか。
中途半端な意志と覚悟で、下手に表現へ深く足を踏み入れると、取り返しのつかない痛手を負う可能性がある。
それでも構わない、という人をあえて止めるつもりもないけど、
そこにいる関係者がどんな人たちなのか、どういう年代層の人がいて、どんな暮らしをしているのか。
話をよく聞いて、よく確認したうえで、飛び込むべきだ。
深く関わるのは、それからでも遅くはない。
表現を志す人にはまだ若い人たちが多いので、時間はたっぷりあると思うかもしれない。
自分の適性をよく考えて、限りある時を有効に使い、有意義と思えるような生活を過ごして欲しい。
一番重要なのは継続できることだな。 周りの人間は年を取るごとに指数関数的に「普通」ルートに吸収されていくので、加速度的にどんどん孤独になっていく。 その孤独に耐え這いなが...
なんでもいいけどね、人に迷惑かけなければ。
横だけど、君の存在自体が人の迷惑になってることは結構あると思うよ
横だけど、君の存在は迷惑だから早くちゃんと働いた方が良いと思うよ。
ニートとか無職以外に暴言の吐き方を知らない人が増田にはいるっぽいけど、やっぱ自分がその立場だからそうなるんだろうなと思ってる。
おじさんは早く就職しないとww
おめーは呼んでねーよ。さっさとあのエントリにトラバ追加する作業に戻れ。
まあニートでないとあれだけ四六時中サヨクを叩けない罠 しかも否定していないしwwwww
統合失調症のニーターパンおじさんが 「自分の認定は正しい、他人の認定は正しくないw」というすばらしい論理の展開。 自演認定されて反応しているのは、多く見積もっても2人、い...
素朴な疑問だけど、演劇って劇団に所属しないとできないものなの?
劇団に所属しなくても、客演という形でその公演の役者を募集してたりするから、そういうところから参加できる。 あとはオーディションとか。 でも継続的にというか、のめり込んでく...