煽られたのか?判断が難しいですが元々考え方が違うように思えるので反論と補足を こちらからは煽るつもりはありませんが少しキツい表現になってるかもしれません
自分の相方とか、親とか、誰かが健在じゃなければ生きられないんだけどね。
この国の社会保障は皆無に等しいし。
そして、受け止めた所で、何も変わらないことを受け入れるしかない。
生きられないというのがよくわらないのですが、仮に受け入れたとして自分の寿命が縮まる可能性や後遺症が残る可能性が高くなる選択する意図がよくわかりません
そういえば、会社を辞めるときに不満をタラタラ言った奴と、それを煽ったレスをした奴が昨日ここで言い争ってたけど、会社相手に訴訟したって絶対に勝てない。
何かに勝つことではなく生きることが目的とすると、そのために会社に勝つ必要性は得にないと思いますが如何でしょうか?また万が一と修飾した理由は相手と穏便にするための方法の一つにもなりえ防衛手段の役目もありえます
本当に会社に問題があったとしても、その人を雇うことで自分の会社が訴えられるんじゃないか、と思うと人事はそんな人を雇わない。
競争と記述しておりますが経営でもしてらっしゃるのでしょうか? 従業員は誰かと競争をしているわけではなく、会社から賃金を支払われた対価としてその条件に従って労働力を提供しているだけかと? ただし、もし国境を跨いだことや同一業種での企業間なのでありあなたが従業員の立ち位置でありながら経営のことを考えるのであれば、ご指摘の部分もあるかと思いますが、それは従業員が気にすべきことではない=責任者ではない、と考えております。また別の意図で、従業員は他の従業員と競争し働くことを示唆しているのであれば、本来は会社とは「協力」しあって貢献する類のものであり、その主張をすることが理解できない状態です
なぜ個人は会社に意見する権利がないのかはわからないのですが、株式会社というのは文字通り株式の利益を一定期間の中で最大限大きくすることが目的です。従いまして、この目的に合致する意見なのであれば、「よほど馬鹿な会社以外」は受け入れることも(経験上酷いブラックな会社でも)吝かではないですし直属の上司が難しいのであれば、その一つ、二つ上に直訴する程度のことは辞職を決意している程度なのであれば余裕で可能かと思いますし、そう自分は行動してきました。このようなことはスキルに依る所もあると思いますが重力といいきるよりも、自分や回りを信用するといったことを駄目元で構わないので繰り返すことだと思います(可能ならば動ける内に)。
まぁ、耐えられないなら、逃げるしかない。
未来に対して逃げたら「死ぬしかない」というのが帰結がやはりよくわからないのですが、どう考えるとそうなるのか、もしよかったらその論理を教えていただけないでしょうか?
追記
Lispがでる以上PaulGrahamをご存知だと思います。
建築とデザインにおいては、建物や品物は人々が使いたいように使えるべきである ということになる。例えば良いビルディングは、そこに住む人々が自分の生きたいように 生活を送る背景となるべきであり、建築家の書いたプログラムを実行しているように生きる ためであってはならない。
あなたが主張していることは上のエッセイのモノズクリの主張の考え方から真逆だと思われるのでやはり理解に苦しみます と「どうでもいいですが」lisp的再帰は末尾再帰のことを言ってるのでしょうか???