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はてなキーワード: 一期一会とは

2024-06-05

男女関係と、仕事関係

結婚  正社員  辞めるのにもリスクがある状態

恋人  アルバイト  正社員に似てるが少し緩い

愛人セフレ  フリーランス ルールはそれぞれきめる、複数いてもいい、自由度高い

売買春ワンナイト 日雇い 一期一会

2024-05-28

ポスト弐瓶勉と、ポスト沙村広明は現れないの?

っていうかさ、作家を枠だと見立てた時に

その後継者みたいな人って基本現れないよな

一期一会みたいな

たぶん30年くらい待てば出るんだろうけど

2024-05-14

anond:20240514112114

ダメ嬢を共有したいってのは確かにあるw

風俗って結局は一期一会から楽しいんだと思うんだよなぁ

嬢に執着したらもうおしまい

2024-05-12

詩とか俳句短歌について思うことメモ

もう人生の折り返し点をすぎて久しい。目を通す文字は、仕事書類ばかりとなった昨今。

でも小学校高学年から中学生にかけての頃に、文学少女に憧れた時期があった。

書店の奥のほうにいっては新潮文庫コーナーで、適当に数冊手に取っては解説に目を通したりしていた。

まれて初めて自分で買った詩集は、井上靖詩集だった。小学校5年生か6年生の頃だと思う。

頁を開いたとき、これは詩なの?というのが最初感想だった。普通に文章だったからだ。

調べてみると、井上靖の詩は、散文詩という形式らしい。なにが自分の知っている詩と違うのだろうというところで

「韻」という言葉もその時初めて知った。

井上靖詩集を手に取ったのは、国語教科書に載っている著者の本でなるべく読みやすそうなものを探したからだった。

というわけで、あすなろ物語のついでに手にしたのが、人生最初詩集だった。

小中学生の頃、国語の授業で、詩や短歌に少し関心をもった私は、韻を踏む、という作法が苦手だった。

季語などルールがあったり、韻で楽しめなければならない、みたいなもの短歌俳句だとすると、ちょっと縁がないなと。

特に覚えているのは、中学校の時習った在原業平短歌に、かきつばたを詠みこんだものがあるが、韻だけでなく、言葉ニュアンスにいろいろな仕掛けを作らないと詩として成立しないのかと思うと到底自分には向いてないジャンルだった。しかし、そうはいっても、短い言葉で何かを表現してみたいという思いは消えず、ひそかに詩集をつくって引き出しの奥底にいれていた。


井上靖の詩のなかに

幼少の頃、川辺の石段の下で手を洗っているとき不意に石鹸が手元を離れ、深みに落ちていったという情景の詩があった。その喪失感をその後の人生でも刻まれているという内容だった。これなら自分でも書けるかもしれない、と思った。

自分世界表現の仕方や詩の味わい方を学べたのも井上靖の詩の影響が大きかった。

例えば、雪という詩がある。


 ―― 雪が降って来た。

 ―― 鉛筆の字が濃くなった。

 こういう二行の少年の詩を読んだことがある。

 十何年も昔のこと、『キリン』という童詩雑誌

 みつけた詩だ。雪が降って来ると、

 私はいつもこの詩のことを思い出す。

 ああ、いま、小学校教室という教室で、

 子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。

 この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。

 勤勉、真摯調和

 そんなものともどこかで関係を持っている。

井上靖詩集運河」より

中学生の私は、なるほどと思った。

詩というのは、雪が降って鉛筆の字が濃くなったという描写やその言葉なかにあるのではなくて、物語は書かれてない背景のなかにあるのだなと。

鉛筆の字という描写だけだったら、だから何?という感想しかない。しかし、鉛筆を持つ誰かの表情を想像し、その背景を想像して足してあげることで一枚の絵になる。

井上靖の次に手に取った詩集もよく覚えている。

武者小路実篤だった。やぱり散文詩だった。

当時、大好きだった先輩が「友情」を読んで感動したといっていたので、友情ともう一冊詩集を手に取った。その後しばらくして、私の失言が原因で先輩は私からフェイドアウトしていった(つまりフラれた)ので文学をダシに先輩と仲良くなろうという作戦は失敗した。しかし、武者小路実篤の詩はそんな私をなぐさめる言葉にあふれていた。

いじけて 他人にすかれるよりは 欠伸(あくび)して他人に嫌われる也 夏の日。 嫌う奴には嫌われて わかる人にはわかってもらえる 気らくさ。


ほどなくして、種田山頭火という自由律俳句というジャンルを知った。

山頭火面白い普通俳句じゃないところがいい。規律から解放されるってすばらしいことだと。

定型詩嫌いな私にとっては、ある意味で、俳句短歌エントリーポイントとなって、

新聞の俳壇や短歌欄に時々目をやるようになった。

いわばお勝手からこっそり入門したような形だ。

しか俳句は、季語の煩わしさにどうしてもなじめず、自分には遠い世界のままだった。

いつしか手にしていたのは、興津要解説する江戸川柳 誹風柳多留だった。古典落語にはまり始めた時期だった。

剣菱という酒を飲むことを江戸時代の人が剣菱る(けんびる)と言っていた、など、現代言語感覚と近い、興味深いことがいろいろと書かれていた。

エロい川柳結構好きだった。今でいうサブカルチャーだ。

その後は巴毎晩組み敷かれ

木曽義仲の元を離れ、和田義盛に見初められ身柄を預けられた巴御前、ネトラレ系の元祖ともいうべき味わい。思春期の私はこうした江戸時代川柳妄想たくましく想像し、手が動いた。五七五だったら、こっちの世界のほうが楽しい

一方、短歌のほうは、というと、当時の朝日歌壇は毎週とても楽しみにしていた。

俵万智サラダ記念日ベストセラーになったからというのとは全く関係なく、プロではなく、市井のいろいろな人が短歌を詠んでいるということが興味深かった。

例えば、こんな一首。

わが胸にリンチに死にし友らいて雪折れの枝叫び居るなり

あさま山荘事件を起こした連合赤軍幹部坂口弘収監中の東京拘置所から毎週のように短歌朝日歌壇投稿していた頃だ。

朝日歌壇では他にも穂村弘がいた。短歌表現する世界の幅広さを朝日歌壇で知った。

そして渡辺松男太田美和が常連投稿者として名を連ねていた。

風花って知っています

さよならも言わず別れた陸橋の上

渡辺松男太田美和は実社会で互いに関係があるわけではなく、それぞれの思いを歌に込めていたのだと思うけど、なぜか不思議と互いに呼応し合うものがあった。これは当時の歌壇リアルにみていた人にしかからないことだけど。雨の森や樹々など独特の世界観を表現する渡辺松男に対して、雨の日に部屋にこもれば憂鬱発酵すると詠んだりする太田美和。

生活で恋をしていた私は太田美和の言葉自分を重ね合わせた。


でもこのころが私の文学少女期のおわりだった。

大学卒業したものの、就職できずに苦しむ時期がやってきた。就職氷河期というやつだ。

生活が一変した。

書店で立ち寄るのは、奥の文庫コーナーではなく、店の前の新刊コーナーであり、資格取得のコーナーだった。

購読紙も朝日新聞から日経新聞に代わり、東洋経済となった。

世の中からどんどんと取り残されてゆく焦りでいっぱりになっていた。

山頭火武者小路実篤もへったくりもない、そんなことより面接資格だ!という日々。

就職が決まってからは、病気になったら人生終わりだし、干されたら終わり。もう一歩先に、もう一歩とただひたすら走り、走らされる人生が始まった。

たまに思い出しては、現代短歌最近の潮流を知りたくなって、枡野浩一の本を手に取ってみたりはしたものの、ピンとこなかった。

若い頃あれほど好きだった渡辺松男も改めて著作をみると作風が変わったのかと思うほど、何一つ言葉にくすぐられることなく、不感症になっていた。変わったのは自分のほうだ。


それから数十年、あるとき気が付くと、新しい家族が増え、家が建ち、旅行などしている。

そういえば何十年も詩や短歌を目にしていない。寺山修司の本は引っ越しのどさくさでどこかにいってしまっていた。

思春期のことを遠く思い出すようになった。実家の部屋の引き出しにはまだヘンな自作ポエム集が眠ってるはずだ・・。自分死ぬ前にはなんとしても奪取してこないといけない。

中年になっていいかげん自分限界を悟って、ふっと一息いれた、という形だ。

ふと思い出すのが、最初に買った井上靖詩集

 ―― 雪が降って来た。

 ―― 鉛筆の字が濃くなった。

この二行の子供の詩を、何十年も経って思い出す井上靖感覚がとてもよくわかるようになった。


これは人生の楽しみを食に見出して、ワインをたしなむようになってから思ったことでもある。

詩を楽しむということとワインを楽しむことには、ひとつ共通点がある。

どちらもウンチク語ってめんどくさい奴がいる、という意味じゃない。

鉛筆の字が濃くなる、という情景として、勤勉で真摯子供の姿を思い浮かべる、という

文として書かれていることと、書かれていない想像の背景の補完的な関係は、ワイン食事、一緒に食事するひととの関係によく似ている。

ワインの味や香りは、それだけで勿論、それぞれのワインに特徴があるし、品種ビンテージ気候土壌などさまざまな情報がある。

しかワインのおいしさを決めるのはそれだけではない。過去に飲んだ記憶とか、一緒に食べているもの、そしてそのとき話題、体調などに大きく左右される。

だって同じことで、喉が渇いているときの一杯と会議中にやり込められているときの一杯は全然違うはずだ。

マリアージュという言葉があるように、ワイン一種調味料として機能するため、食べ合わせ重要だ。

またワインプロファイル情報あるかないかも味を左右する。

ブラインドで呑むワインはどんな高級ワインだろうが、初見ワインしかない。ワインの特徴まではわかってもそこまでだ。

逆に偽の情報表現かに補完してしまえば、コンビニ販売しているワインを高級ワインと偽って出してもたいていの者には気が付かれないだろう。

ワインを色やら香り、余韻など物理的に因数分解した表現ができても、美味しさは客観的規律として表現することはできない。

詩も同じだと思う。規律ばかりを語るひとがあまりにも多い。本居宣長には悪いけれど、歌をつくるのは道だとしても楽しむのは道じゃないと思うんだよね。

井上靖が「小学校教室という教室で、子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。」というとき井上靖にとってその詩に初めて出会ってからの何十年間が効いてくる。井上靖は詩は規律ではなく、詩との出会い方だと教えてくれた人だ。

その情景を自分のなかでセットできるかどうかは、鑑賞眼の問題ではない。

どちらかというと、そのような情景がセットされてしまう、長年の思いの蓄積、その詩と出会ったときメンタル、いわば偶然の力だと思う。

渡辺松男太田美和が並んで歌壇掲載されていたあの空気感にしても、あのとき限りのものだったのだろう。

失恋をして武者小路実篤の詩に慰めれられた思い出もそう。まさに一期一会

先ほど、卒業してから詩どころではなくなったと書いた。

そのとき自分が置かれれる状況やそれまでの経験によっては、詩に対して、鈍感になることだってあるのだ。


ところで、先日、Yahoo芸能ニュースをみていたら、TBSプレバトというバラエティー番組で、俳句を競う企画があって、ある芸人俳句先生から5点と酷評されたと報じていた。

お題は「文房具」で彼女が読んだのは

消しゴムが 白き水面に ボウフラを

というもの。作者は「頑張って勉強して、消しゴムを何回も消すと、消しカスがたくさん出る。それが白いノートにたくさん積もっていると、ボウフラのように見えるという句です」と意味説明したものの、腹が立つ、とまで評者先生にののしられている。

ちょっと間抜けた感じはするものの、正直、なんでそこまで素人俳句酷評されなければならないか理解できなかった。だが、番組演出脚本としてはそれがオチなのだろう。

演出もさることながら、これは、他の出演者俳句が以下のようなものだったことも影響しているように思えた。

迎え梅雨 紙端に滲む 友の文字

虹の下 クレヨンの箱 踊り出す

天王山 黒ずむ袖に 薄暑光

薫風や 隣の君と 教科書

こんなふうに優等生を気取った俳句がずらりと来たら、それは「お約束」として、こき下ろすしかないのかもしれない。

バラエティー番組のなかで俳句を味わうということはつまり、こういうことなのだ。その芸人に対するイメージ作品クオリティが補完されてしまうのだ。

しかし、この句が仮にお笑い芸人ではなく、どこかの学校児童生徒が作ったものであったとしたらどうだろう。

消しゴムをかける姿は、情景としては授業中であることを示唆している。5月番組文房具からまだ気持ちフレッシュだ。だけどがんばろうという気持ちは長続きしない時期でもある。

ぼうふらにみえるほど消しゴムをかけるくらいだから、授業中、何度も消していて、その間、ノートをとる手が止まることになっただろう。

それでも授業はお構いなしに進んでいく。溜まってゆく消しごむのカスからは、授業についていく焦りとともに、生徒のひたむきさ、間違って消すことが多い生徒のどんくささも垣間見られる。

いかげん疲れたかもしれない。めんどくさいと思ったかもしれない。

一方で白い水面(ノート隠喩)は、清潔さや純粋さを象徴している。

ふと手を止めた瞬間に、そこにボウフラがいるようにみえた、というのは、一瞬立ち止まってボウフラ?などとくだらないことを想像してしまった自分の不純さや切れた集中力で抜けてしまった気力(投げ槍感)との鋭い対比となっている。

と、このように解釈すれば、俳句としてむしろ「ボウフラを」で間抜けた形で止めた意味が出てくる。そこから先は、苦笑いなのだ

ボウフラを季語と認めるかどうかはわからない。しかし、純粋に詩としてみれば、消しゴムとボウフラという組み合わせは非常にユニークだ。

また、どんくさいもの弱者がボウフラというノート上のより小さい存在視線フォーカスする、という手法小林一茶方法とも通じるところがある。

番組の評者は、この芸人俳句酷評したうえ、次のような添削をしたという。

しかすはボウフラみたい夏休み

夏休みかよ。口論の途中で勝手に話の前提を変えられたときのような不快感を覚える添削だった。消しかすって文房具じゃないし。

しかし、誰しも詩に対して鈍感になる、そういうことはある。端的にあれバラエティ番組からね。

ただ、私の場合、やっぱり俳句には縁遠いのだろうと思った。俳句がメインのカルチャーであろうとする、優等生を選ぼうとする、そのいやらしさも嫌だ。上品そうな季語を競うかのような世界一種ルッキズムだ。夏休みかいって勝手おめかしさせようとするんじゃねーよ。

そういうところがまさに、かつて私が川柳などのサブカルに引き寄せられるひとつ動機だった。ボウフラにシンパシーを感じる感受性は恐らくはかつて親しんでいた落語川柳で身につけたものだろうからゆりやん一句を悪くないと思うのは邪心かもしれない。そもそも番組ADがテキトーにつくりましたってオチかもしれないんだけどね。

300円でおいしく飲めるワインもあれば、駄作でも楽しめる作品もある。そういうことだと思う。

他人の自カプ創作が読めるようになりたい

長らく読み専腐女子だった私。

久しぶりに推しカプができドハマリした。

人気カプだから漫画にも小説にも、プロ作家含めて上手い人だけでもめちゃめちゃたくさんいた。

商業BL・TL作家多数。一般小説家や画家さえいた。

ふつう仕事についてる人も初心者から上級者までいろんな作品を作っていて。

ピクシブだけでも一生かけても見きれないくらい。

大好きな作品がたくさんできた。

創作できる人はすごいなー。と思っていた。

ある時、自分創作した。

いやになるほど苦労した、でも楽しかった。

もちろん下手だった、でも自分なりの成長が微笑ましかった。

10しか売れなかった、でもプロの本に混じって買う人がいてくれたのがすごいと思った。

いい体験だった。

でも、他の人の推しカプに以前のように夢中になれなくなってしまった。

うまくてすごい、プロ作家の本たち。

でも、解釈性癖が違う。

大好きだった作品もなんだか色褪せて見えて。

自分で創るけど、下手だし遅い。

他の人のを読んで夢中になれてたあの頃に戻してくれ…

夢中だったあの頃の思いが戻ったら、

カプオンリーとか、webイベントとか、お題を決めたアンソロ作るとかを、やってみたい。

熱意を持って創作をしていれば他の描き手・書き手さんも意外と優しい。やろうと思えば今でもできるのだろう。

でもアンソロイベント主催するのは、大変なことだ。他の人のこういう作品が読みたいと強く思うからこそできる。

そこまでの気持ちはない。

推しカプは正直流行を過ぎた。いなくなる人も多い。

私は創作を学び、創るのは簡単なことではないと知った。

一作一作が思いを込めてつくられた一期一会の宝物なのだと思う。

からこそ他の人の作品もっと楽しみたい。

なんか違うって思いたくない。

どうしたらまた夢中で読めるのだろう。

2024-04-27

anond:20240427031516

はてなのあの人もそうだけど単にマウント取るために「海外でも~」って言ってるだけだったからな

「日頃海外事例を出して『日本でもやれ~』って活動してる出羽守さんたち、維新の案も海外議論されてるんですけど~w」って仮想的を作ってのマウント生産的やないよね

オレっちはニュース出た当初にヤフコメ維新批判で「こういう意見海外でも議論されてるけど『親と子は別人格だし平等原則に反する』って結論が出て却下されてる」って意見を見てとっくに知ってた。

なんだかんだでヤフコメは人が一番集まるコメント欄であるから為になるコメントもたくさん書かれている

一覧性や検索性がないから良いコメント一期一会なのが問題だけど

2024-04-20

anond:20240420221639

同い年だけどそんなに孤独になるかな?

1人でも高尾山登りに行って一期一会の会話したり

長期休暇使って温泉宿渡り歩いたりするし

習い事行ってその先で色んな年齢層の友達作ったり

いろんな年齢層の遊び?に誘ってもらってローラースケートから舞台鑑賞まで一緒に行ったりもするし

年代友達は確かに子供いたりで遊べなくなる子は多いけど同年代じゃない友達もつくればいい

2024-04-01

グーグル検索で「フォレスト・ガンプ/一期一会」って検索するとなんか絵文字人間が増えながらひたすら走ってるんだけどストーリーと連動してたりする?

どういう話?

2024-03-22

仏教用語ってなんか無駄に市民権えてるよな

ありがとう

なぜ他の感謝言葉はいけなかったのか

因縁

そもそも前世の縁を信じてもらえないだろ

一期一会

これを理解できるのそれなりの人生経験者で草

・浮世

世の中のことを浮世って言うのやめろ

諸行無常

会話中にこれ言ってくるやつ嫌いだわー

・おかげ

そもそもおかげってどういう意味なんだよ

我慢

お前はその我慢を抱えて死ね

四苦八苦

しろ仏教のほうではもう使ってない

差別

身分差別とは関係ない

自由

まぁ言ってくる奴たいがいオッサン

・弔い

どこどこ行くの~

2024-03-16

anond:20240316154811

男は一期一会世界に生きているんだわ。

ある商品が気に入っても、また次に買うときにその商品があるとは限らない。

からリピートするという気持ちを持てない。

そもそも、次にその商品を買う時までに自分が生きてるかもわからない。

男の人生戦場なんだ。

2024-03-13

バンド漫画ってアニメはヒットするけど漫画自体地雷

アニメはヒットするけど漫画は、漫画音楽の相性が悪すぎて漫画自体は相当苦労すると思う。

ベックケイオン・ぼっちロック淑女、 バンド漫画って大抵プロアマが集まって最初に結成したバンド武道館を目指すのがテンプレみたいになってるけど

最初の1~2巻で全員集まって以降最終巻までずっと同じメンバーでやる訳じゃん。飽きますって。読者絶対飽きますって。マンネリしますって。

そこにメンバー間の痴情やバンド解散を持ち込んでお約束をぶち壊したのがふつう軽音部なんだけど、やっぱ一期一会メンバーが変わってかないと絶対飽きると思うんだよね。

絶対固定メンバーは読んでて飽きますよ。ずっと同じメンバー練習ばかりしてる漫画を最終巻まで買う?買いませんよ普通は。

2024-02-28

anond:20240228004858

立てるのはできるのよ。本人が行きたいところだから

でも、あっちかなーこっちかなーって悩むのよ

こっちは別に行きたくもないか適当に流すんだけど延々と悩んでる

風呂にもメシにも興味ないし、別に差額が2万くらいなら我慢代だと思ってるのでどうだっていいのに

嫁は1円たりとも損したくないから悩んでる

キャンセルとかもガッツリ読み込んでる

一人で悩めばいいのにイライラ感丸出し

一期一会で最高にしたいのかもしれないけど、じゃあ予約とか自分ですりゃいいのにネットサービスが恐ろしくて使いたくないから俺の横でわーわーうるさい

一人でどっか行きたい

2024-02-24

つのからか、10年前の過去、そして10年後の未来自分やじろべえのように

ふとした瞬間にじっと思うようになった

だいぶおっさん自覚してからのことだ

思えば10代のときはそんな感覚はなかった

二十歳で10年前といえば小学4年生だし、10年後は三十路

全く比較対象にはならかなったからだろう、変化して当然だし、

仕事もしていて結婚もして大きく人生が動いているだろうという漠然と用意された未来をみていた

まだまだ伸びしろがある時期だし、将来に対する解像度も低かった

しかし、年を重ねると、次第にビフォーアフター想像があまり冴えないものになっていく

30を過ぎると、自分限界も見えてくる

40を過ぎたあたりで自分がかつて躓いて苦労していたことを軽々と乗り越えてくる後輩たちに追い抜かれる

過去10年を振り返り経験してきたことの薄っぺらさと、これから10年で経験しそうなことのリアルがより高い解像度で見えてくるアンバランスに直面する

お金の面でも、健康の面でも、仕事の面でも・・・

そして近年、父も母も他界した

ふたりとも癌だった

空き家になった家を整理していると、癌家系という言葉がずっしりと来た

親を亡くして数年して気が付くのは、自分の年齢が毎年毎年、親の年齢に近づいていく感覚

もっとも親の死んだ年齢はまだまだ先だが、

10年前、10年後を考えるときに、頭をよぎるようになってきたのは、

しかしひょっとすると自分10年先はもう生きていないかもしれない、ということだ

世間的には老いをみつめるような年じゃないし、まだ働き盛りと思うが

前に進むバネが弱っている

お金にしがみついて惰性で進む10年がみえてくる、いやもう10年ないかもしれない

そうすると日々が何か一期一会な感じもしてくるし

10年後には悩んでないかもしれないことで深く考えるのはよそうという気にもなる

2024-02-11

オン島 それは…

「こん」

とびだぜどうぶつの森オンライン島、いわゆる

オンライン島にて2020年からずっと見た目女の子で遊びに行っている(昨日も行った)

初めて行った時にびっくりしたのがその礼儀正しさである。オン島は大体未成年が多いのだが、島に到着すれば色んな場所から吹き出し「こん」が

そろそろ帰るといえば「ばいばい」と吹き出しが島のどこからか飛んでくる。

ある日、パチンコ必要イベントがあって

普通パチンコくれ!」とお願いしたら金のパチンコをくれる人がいて「そこまで求めてないんだよなぁ…」と困惑したこともある

その辺りから男の子アバターから女の子アバターに変えた。すると、これが面白くて女の子になった途端「えっちする?」とか聞いてくる奴はい

プレゼントしてくれる人はいる、女の子だと思って悩み相談してくる人もいた。

このお陰でまだ参加していないイベントアイテム(豆とか)海外限定アイテムスパークリングサイダーとか)配信限定アイテムセブンATMとか)更に開けらないプレゼント袋、フライパン

などの改造アイテムまで手にしてしまった

会話がめんどうな時はひたすら虫取りしてた

虫取りの効率いいやり方を教えてくれる人もいた

他人が虫取りをしてる時に走ったり歩いたりしてはいけないこと、逃がしたらすぐ謝ることも学習した(すぐ謝ると割と許してくれる)

出会い頭に「じさつしろ」と言ってくる人、島に

12月限定のツリー飾りを置きまくって自分仕様に変えちゃった人、バグに付き合ってくれと言って私を嵌めた人、穴で私の周りを囲って出れなくした人(特殊な穴)、雨を降らせた人(本来は晴れか曇りしかない)、ロビー電気を消したりつけたりを繰り返す人、オン島のコインで交換する品物を全てかっぺいの写真にしてまるで遺影が並んでいるみたいにする人、ロビー太陽を出現させるひと…まあ色んな人がいた

まり暴言が酷いのでブログでソパカを晒したら「discord喧嘩しようぜ」と言ってきた中学生自分で言ってた)「働きたくない」とか書かれたTシャツを着た人にソパカをアニメ画像にする人も○○ノ○○村みたいな名前の人も小学生だけど

ドリフファンで「ツーツラツー」と歌っていた人も都合が悪くなると「子供が泣いちゃって世話していたから」と誤魔化す人もみんな今となっては思い出のひとつ(だけどドラクエ村のソパカが

とこやみのりゅうグレナードって書いてあった人は許さん)売名してくる奴も未だにオン島にいるらしい。一回喧嘩したねぇ、チャンネル登録者500だとか威張ってたねぇ、同じくロビーにいた人が爆笑してたね。

すれ違い広場確認したら出会ったMiiは1000人を超えていた。HIKAKINMiiに、キヨのMii、真っ黒Miiなど本当に小中学生の作るようなMiiだらけだった。

そんなオン島も4月で終わる

一期一会だったかそんな言葉があった

しかし、最後までアイルランド語を訳せる人は現れなかった(TwitterIDを検索する奴とWiFiマウント取って帰らせる奴はいた)

「じゃあそろそろかえるね」

2024-02-05

ノンフィクション婚活の件

もう見てるだけで気疲れしてくるから、今まで縁がなかった人にとって結婚希望なんて持てないよな…

本来一期一会出会いを楽しむはずが、まるで圧迫面接みたいな雰囲気になる

さながら遊戯王デュエリストだよ…

お互い支えてもらう相手が欲しいのに、マッチング時のやり取りがこれから始まると思うとうんざりする

こんな血生臭いのは仕事だけで十分って思う

今後普通に出会うかもしれない女性がいても、この記憶が甦っって楽しめないんだろうな…

よく結婚する気になるよな…

2024-01-30

anond:20240127183849

「まあ、あわよくば見たいなことは考えたよ。

こんな駅からちょっと離れた、有名でもない中華料理屋に来ている俺と同年代ぐらいの綺麗な女性

こっから恋に発展しないかなーみたいな。」

これがだめ

同性だとこれがない

ただの親切で終わることが出来る

性欲がある人間ってこれが必ず入ってくるんだよね、ここさえなければ何の問題もないのに。

同じおっさん、困ってる子供、おばあさんやおじいさんには思わないだろそれ。

身なりとかも振り返らないだろ。そこはどうでもいいんだよ。

増田が女の人に声かけちゃいけない核があるとしたらここなんだよ

わかってるようで、わかってないよね?

から日によってきもいことしちゃうんだよね。

決定的な落ち度を、ぼんやりしかわかってないから。

女が誰かにめっちゃ多いですよねw持ち帰りできますよ~w」って声かける時

どちらかというとその会話も関係一期一会が前提で、むしろ「この場だけで終わりたい」んですよ。

あっさりさっぱり、なんか親切な人いてよかったな、で終わりたいんだよね双方。

あわよくばが生じないときだけ行動起こしてください、よろしくね。

2024-01-24

anond:20240123220234

興味深い。実に、現場って目まぐるしくて一期一会で、各自が考えてること突き合わす機会も持ちにくいことが多かったし。

それぞれが手探りで得た知見やその欠片が効率よく集約され共有される仕組みはないし、多分これからもそうそうできないだろう。

しかじわじわフラフラ効率悪くだが我々の社会におけるボランティア文化成熟して行ってると思う。なにしろ、不幸にしてこんだけコンスタントに大きな災害が起きてるから

2024-01-22

[] 2024-01-22

今日病院へ行きました。お注射です。お注射をしてしばらくは精神があまり安定しないようです。被害妄想を持ったりしてしまます

精神というのは、変動を検出すると不快感を持つような気がします。鬱の時も一定心持ちであればそれなりに安定しますが、いきなり躁になったりすると錯乱するのかもしれません。

そういえば、私はインターネット上に残した自分黒歴史の削除を試みました。

統合失調症自分名前検索すると、誰かが勝手に私のYoutube動画躁状態ときのもの)の音声をテキスト化したものが置いてありましたが、どうやらそのサイト自然言語アノテーションサイトらしく、編集は誰でも行えるようでした。そしてその情報に「著作権侵害です」とラベルをつけて削除してきました。

うそう、あと黒歴史ブログも残っていました。精神錯乱して浮世離れしていた時のブログですが、「フロントカメラ不細工でバックカメライケメンなのは、介入する観察者が異なるからだ!」みたいな意味不明なことを書き、セルフィーまで載せていたのです。

このブログはまだ削除できていません。というのも、Googleアカウントパスワードを紛失したからです。

Twitterにもいくつか精神錯乱時のアカウントが残っているのですが、それらも2段階認証を設定しており、ログインできなくなっているのです。

まあ、黒歴史というのはこのようにして、精神おかしくしている時に生成してしまものだとわかります

ところで、インターネット徘徊していたら、こんな文章を見ました。

まり人生意味を問うても無駄。その代わり人生あなたに問うている」というものです。

もしそれが本当ならば、精神錯乱して残した黒歴史を正常になってから振り返り、「この黒歴史、君自身はどう感じるのか?」と問うていることになります

まったく、人生って本当に性格が悪いですね。私が嫌な思いをしていることがわからないのでしょうか。それともその嫌な経験こそが、哲学的深淵なのでしょうか。

私はその性格上、刺激を欲しがっているのです。SNSをやるのは、誰かから刺激をもらえないかというちょっとした期待に基づいています

でも「いいね応酬」はしっぺ返し戦略的、機械的ものになります。私が誰かにいいねすれば、その分のいいねが返ってくるというわけです。

そんなくだらない刺激のために黒歴史を残すなんていうのは、一体どういうことなんでしょうか。

SNSの繋がりなんて、所詮は浅い繋がりです。オンラインだと、相手リアル存在するものだと忘れてしまう人もいるようなのです。

やはり一期一会というのは、実際にオフラインで対面で会話したことのある相手存在に対する「出会い」に感謝するような言葉であり、私をおもちゃにしようとしているネットトロールとの出会いというのは、そこまで感謝できるようなことではないと思うのです。

インターネット発言すれば、好感を持たれたり、恨まれたり、見下されたりします。しかもその発言が、本来の私の精神状態ではないことだってあります

「私」というものを、他人に誤解されることの恐怖が、SNSにはあります。もはや他人の目を気にして怯える場所です。

から私は、発言する時は匿名性を重視するのです。箴言にも、愚か者言葉数を増やしてしまうことに対する戒めがあるので、実名で語るシーンでは黙っておいた方が賢く見えるのです。

「話すは離す」という言葉もあります。結局、ネットであれカウンセリングであれ、悩みをぶちまけられる場所があれば、精神デトックスになります

そうやってぶちまけた内容というのは、恥ずかしい内容なので、やはり実名と紐づいてしまうと「目」の恐怖を感じます

まあ、浅い繋がりの人たちに「見下すな」と言うのが、そもそも無理なのかもしれません。字下げ増田を「高学歴愚者」などといって嘲笑う人たちがいますが、彼らは人の心を尊重することを軽視し、おもちゃにしています

かに愚者他人から見下されるような行動をしてしまますしかし、それが人間の弱さであり、弱さをお互いに認め合えるようになれば、「お前は愚かだ」などとインテリぶらずに優しい関係になれるのではないでしょうか。

無意味な戦いが世の中には溢れているのかもしれません。私は、愚かな人を守れる存在になりたいです。

2024-01-19

anond:20240119173323

しゃーない、ワイが話を聞いたような聞いてないようなアルカイック・スマイルを浮かべながら

三行以内の短文で一期一会的にクールに去ることでバランスとって差し上げるやで

2024-01-12

睡眠意識して摂った方がいい増田住まい胃がうほたっとて色紙違反椅子回文

おはようございます

昨晩はわざと良き睡眠時間を確保しまくりまくりまくりすてぃーのために

ご飯晩ご飯あえて食べずお酒も飲まず、

風呂入ってからちょっとテレビ見てほんと1時間も無いぐらいで帰ってからすぐに試しに寝てみたら

快調快調!

寝て起きたときの、

身体ダルさが無いのよね!

まあ人にもよるかも知れないけど、

やっぱりとしてやっぱりなことはやっぱりそう思ったのよ!

何がやっぱりかと思うとやっぱり夜寝る前にご飯食べたりお酒飲んだりするのはよくなきかな!ってこと。

この調子好調睡眠の質と時間を確保して夢で会いましょう

つーか

よく寝られてるかの度合いの判定とは違うのかも知れないけれど夢見んのよね。

それもそれでインスピレーション発見あるから面白い夢見れたらラッキー程度のラッキーを感じつつ、

睡眠はたぶんせっかくサプリとか飲んでもそれを夜回復させる時間に費やすためのある程度の睡眠の質と時間必要なのかもしれないわ。

まだ2回しかやってなくて2回実感あるから

それはそれでいい具合なのかも。

あと睡眠測定デバイスも、

点数評価するよりも

何となく睡眠時間と質をグラフで見るほうが私はいいかもしれないのよね。

なんでかというと、

良く寝たー!って思っても睡眠点数が60点!とかあるときはなんで?って思うし、

あんまりいまいちー!って思ったときが84点とかあんのよ。

体感したときの実感と点数の開きの差が大きいので鯵の開き!

差があるので、

それでモヤモヤするよりかは

単純に睡眠の質と時間グラフにした方が納得感がある納豆食う朝定食でもあるのよ。

私がだから思うに

鯵の開き納豆定食があれば最強!ってこと!

まりあんまり焼き魚の朝定食気合い入って朝から干し魚の開きの焼きの定食はないので

久しぶりに鮎沢パーキングエリアの朝定食食べたいなーって。

パーキングエリアチェーン店系が入ってきて

地元インディーズ飲食店どこがやってるかよく分からないけど謎に美味しい時のそう言うパーキングエリアご飯にあえたら嬉しいじゃない。

そのぐらい同時に睡眠も嬉しくしっかり取りたいものなのよね。

パーキングエリアとかサービスエリアとかで予想付かない定食あったら飛びついちゃうもん。

チェーン店とかのメニューなら、

うーんわざわざ旅に出てまで牛丼!って思っちゃうのよ。

牛丼牛丼で美味しい食べ方ってあるじゃない、

たぶん私的にはサービスエリアパーキングエリアで食べる牛丼は違うって思うのよね。

から地元のなにか企業とかが運営している地元のお母さんがご飯をよそっている感じの

サービスエリアパーキングエリア定食って思いがけない出会いがあって

本当に一期一会を一碗を大切にしたいって言わんこっちゃないのよね。

そのぐらい旅の充実度は変わってくるから

それとほぼ同時な思いで私も睡眠も質を良くしていきたいキャンペーンに辿り着いたってわけのここ2日間の出来事だったの。

頭もスッキリして

良いアイデア浮かびそうよ!

増田も筆が進みそうってなもんよ!

打ち込むのはキーボードだけどね!

あんまりよくメカニズムは解明して知らないよく分からないんだけど、

なんかやっぱり頭がスッキリしているモヤモヤした感じ

朝起きたときのだるーって感じがないのよね。

それだけでも凄くない?って

驚き屋も驚きの白さ!ってあの洗濯洗剤で驚く感じのスッキリした感じが、

やっぱり強調して言いたいポイントでもあり要点でもあり重要な点でもあるのよ。

なるほどねー、

睡眠ナイヤガラにないがしろにしてはいけないわってことを滝に免じて思うのよ。

なるー!ってここで言わなかったのは

もう秋の祭典が終わってなるー!は秋限定季語になるから

秋以降はなるー!って言うのはなるべく使わないように!って言うのが

なるほどの原点なの。

ちょっと良いと思って実感するこの睡眠体験継続して続けてみたいと思うことをここに記し記し記しまくりまくりすてぃーなことを思う山脈に向かってヤッホー!って叫んでおきたいのよね。

案外さー

もう食べ物とか何かそれ系のものを気を付けても、

それを吸収して身体還元する効果を現すためにはそれそこで睡眠なんじゃないの?とも思ったりしたわ。

でもさ、

早く寝ると夜遊ぶ時間が無くなっちゃうから

それはそれで相反する対応必要

なんとしても遊びたいと思いつつ寝たいとも思いつつジレンマに駆られる事態でもあるわ。

天秤に掛けたときちょうどいいところで釣りあるような重さを量る天秤があったらいいな

うふふ。


今日朝ご飯

チキンサンドね。

ちょっとやっぱり夜食べない分朝食べられる元気にも繋がるから

食べたい!って思ったもん勝ちじゃない?

食べれるときに朝昼は食べた方がいいかなーってところよ。

チリチキンに茹で玉子バッチリ決まって美味しいに決まってるじゃない!

この組合チキンタマゴでダメ組合せってないわよねー。

ボリュームがあって食べ応えあるのも

お腹空いている朝にはピッタリはまるわ!

デトックスウォーター

ホッツ白湯ウォーラー

ストレートホッツ白湯です。

朝何しろ寒いので、

お湯沸かしてふーふーして飲んで身体を温めて活動オンにしないと!

快調せっかく寝たのにって思うし元気いっぱいのスターティングレッツスタート!ってなもんよ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2023-12-30

セルクマする人は分かってないよな

俺の他愛のない日記トラバに、何かウケてくれたのか知らんがファーストブクマを無言でつけてくれる

そういうのが一番癒やされるんだ

ポツンと1user,2usersだけで終わる――そういうのも悪くない

注目されなくていいんだ

一期一会、見つけた人が手を動かしてくれる、ブコメだって別になくていい

発掘される文を提供できた、それが確かな満足感ってやつだ

そんな増田書きを目指していこうぜ

来年はさ

2023-12-19

タブを閉じる一瞬前に目に入った広告

一期一会

もうあの広告とは出会えない。

2023-12-13

絶品タンシチュー増田スマーゅ値心胆ピッ背(回文

おはようございます

登山家に何故山に登るんですか?って問うと

そこに山があるからです!って答え。

私も日替わり定食探検家として

なぜ日替わり定食を食べるのですか?って問われたら

そこに日替わり定食があるからよ!って答えると思うの。

馬に乗ってる人が、

馬の鼻先にニンジン釣り竿みたいなのでぶら下げて、

馬は一所懸命そのニンジンを目指して走るようなもの

私にもその釣り竿でぶら下げられた日替わり定食が目の前にあるの。

そんな感じ。

今日はたまに想像を圧倒的に超えてくる絶品の日替わり定食に出逢えたお話をするわね。

その日はちょうど雨の日だったわ。

毎月の月替わり今月の献立表を見て、

美味しそうだなって目星を付けた日付の日替わり定食を目指して飛び込み前転して入店するんだけど、

今回の「タンシチュー定食」は

いつも食べ慣れたものでは無いという意味で何も期待せずに目新しいメニューと言うこともありその日の「タンシチュー定食」にチャレンジしてみたの。

特に何も期待せずにお腹だけ満たされたらいいかなと思っていて、

今思ったら、

そんな私が間違っていたことを正直謝りたい。

ここの定食屋さんはたまに私たち想像をゆうに超えてくる日替わり定食提供するときがあって、

かつて私が日替わり定食探検家として日が浅く若かったとき

出会った「ブリ大根定食」が大きなブリの2切れに充分それだけでも食べ応えがあるのに

染み旨の大根も相まって私が想像していた、

いままで知ったつもりでブリ大根のことを全て理解したつもりだと思っていたけれど、

その「ブリ大根定食」は私の知っているものとは違うはるか予想を上回るブリ大根だったの!

しかもそれがたったの650円

コストをもねじ伏せて提供するそのボリュームに私は心に誓ったの!

その日から日替わり定食探検家として

またの名を

日替わり定食冒険家と書いていった回もあったかも知れないけれど

総じて日替わり定食を追求する人には変わりがないわ。

その「ブリ大根定食」に出会ってからというもの

同じ店に通っていたけれど、

もちろん平均的に美味しい日替わり定食なのには変わりはないのだけれど

時としてミラクル奇跡が起きる!

圧倒的な日替わり定食な時があるの!

それが今回!

タンシチュー定食」だったの!

頬張ると思わずニッコリと笑みがこぼれちゃうほど。

本当に美味しいものを食べたとき人間

美味しいと言うことももちろんあるけれど

ニッコリと笑顔にあふれてそれを抑えることができないの。

私は終始ニコニコしながらその「タンシチュー定食」をいただいて

存在感のあるボリューミーで大きなカットタン

ゴロッと存在感のあるジャガイモニンジン

タマネギはほどよく原形をとどめないぐらいによく煮込まれた、

私が想像したものとは全然違ったそれは桃源郷

いや「タンシチュー定食」だったの。

酒池肉林とはこのことを言うのだわ!って。

きっと東洋の人が初めてタンシチュー定食を見たときになんと表現して良いかから表現する言葉がなかったとき

やむなく酒池肉林と言ったこ史実に基づいていて生まれ言葉だと言うことに諸説はないのよ!

そのぐらい!

わずニッコリとってさっきも書いたけど

ニッコリしたこと何度でも書いて良いぐらいとてもそれは美味しかったわ。

あっと言う間に瞬きもする瞬間も無く平らげてしまったわ。

ごちそうさま!

私はサーブしてくれた店員さんに

このタンシチューめちゃくちゃ美味しいわ!って告げてお店を後にしたの。

本当に反芻することはできないけれど、

私はその「タンシチュー定食」の思い出を反芻することによって

一生をハッピータンに過ごせる自信がつくぐらいニッコリな

もうこの「タンシチュー定食」の思い出だけあれば充分!って言っちゃいそうなぐらい

でもまだまだいろいろな日替わり定食に出逢いたいけれど、

この日出逢った「タンシチュー定食」は私の心に深くその美味しさを刻むことになったの。

もう二度とこの「タンシチュー定食」には出逢うことが出来ないかも知れない。

そのぐらい日替わり定食一期一会でもあり刹那

キラキラと光る思い出の「タンシチュー定食

私は本当に今まで日替わり定食探検家をやってきてよかったな!って思う瞬間でもあったわ。

このお店の定食屋さんはたまに年1回ぐらいのメニュー

私の想像を圧倒的に圧倒的に圧倒的に!超えてくる日替わり定食があるから侮れないのよ。

しかも本格的な味とボリュームで攻めてくるこの日替わり定食の「タンシチュー定食」は650円と言う

もう社長安~い!って言っちゃいそうなほどの夢グループの保科有里さんをもはるかに圧倒的にしのぐようなコスパのよさ。

これが650円なのよ!

社長安~い!

高くて美味しいものはたくさんあるかもしれないけれど、

日替わり定食という縛り飯のこの圧倒的な美味しさ!

もう私の想像を超えまくりまくりすてぃーで

会計ときにも、

さっきサーブしてくれた店員さんにも言ったけど

タンシチュー定食美味しかったです!」って言ったの。

もう笑顔が止まらないわ!

今日改めて美味しいものを食べたら本当の笑顔なっちゃうってことに気付かされてくれたわ。

から日替わり定食探検家はやめられないのよ!

よくお店の壁に有名人サインが飾ってある飲食店ってあるじゃない、

あれの逆で今日の日替わり定食が美味しかった!って

その日の日替わり定食メニューを書いた色紙を壁一面にお客さんが書いて貼ってあったら

それこそ本当にその店は美味しい店なのよ!

私も思わず今日の思い出として色紙に「タンシチュー定食」って書いたもの

そのぐらい今日タンシチュー定食

タンシチュー定食記念日にしてもいいぐらいなそれなんて俵万智さん?って言っちゃいそうはほどのベタ記念日にしたいぐらい。

シンプル今日の日替わり定食タンシチュー定食がめちゃくちゃ美味しくてハッピーなのよ山脈に向かったヤッホー!って叫んじゃう。

これだから本当に日替わり定食探検家はやめられないわ!

またいつ出逢うか分からない日替わり定食に。

うふふ。


今日朝ご飯

おにぎりしました。

久しぶりの朝おにぎりなんだけど、

お腹が具合がイマイチだったので調子悪いというわけではないけれど

食欲が不足しているのよ。

きっと多分そうよ!

そう言う時は優しい鮭おにぎりに限るわ!

鮭なベイビー!つーってね!

デトックスウォーター

ホッツ白湯ウォーラー

ストレートホッツ白湯が朝なぜかまた超美味しく感じるのよ。

なのでレモンフレーバーポッカレモン果汁インでもしようかなと思ったけれど、

ストレートホッツ白湯ウォーラーでキメちゃったわ。

これで身体を温めて1日のスタート始動よ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

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