2022-12-19

動物権利倫理バグ

動物権利ってのは功利主義の考え方からまれ

功利主義の「最大多数の最大幸福」のメンバーにヒト以外の動物も含めた幸福を考えましょうね、という考え方

「なぜヒト以外の動物を含めるのか?」と聞いたら「性差別人種差別と同じように種差別もよくないことだ」という回答が返ってくる

「いや、人間動物は違うでしょ」と返すと「それって人間中心主義じゃない?それこそ差別だよ」と返される

動物は嫌だとか言わないでしょ」と聞くと「その理屈だと赤ちゃんは何も言わないけど何してもいいってこと?」と返ってくる

赤ちゃん言葉には出来ないけど嫌と思ってるよ」と聞いたら「動物だって言葉に出来ないけど嫌と思ってるよ、赤ちゃん動物とでどうして区別するの?」と返される

赤ちゃんは成長すれば嫌と言える大人になるけど動物はその可能性がゼロだよ」と聞けば「それなら将来喋る可能性がゼロの寝たきりのヒトは最大多数の最大幸福対象外ってことにならない?」と返される

反出生主義とかもそうなんだが、論理が強固なんだよね

倫理について筋道だってちゃんと考えると泥沼にハマりがち

「この正しさを採用するのなら、あちらの正しさも採用しないとダブルスタンダードになる」といった連鎖がずっと続く

その終着駅が種差別とか反出生主

倫理バグ

なぜバグるかっていうと倫理ってのは「共感感情」が基盤になっている

自分がされて嬉しいことを他人にもしましょう」「自分がされて嫌なことは他人にしないようにしましょう」

自分がされて嬉しい/悲しいから、これをされたら他人もきっと嬉しい/悲しいはずだ」という共感能力倫理を作っている

この共感感情ってのがまた厄介で、「西洋キリスト教人間中心主義カウンター動物権利が取沙汰されるようになったわけじゃん?」と言っても「いや、倫理を形作る共感感情キリスト教に限らず人類共通のはずだよ」と返されてしまう原因になっている

ヒトはヒト以外の動物に対しても共感してしま

から差別という概念が生まれしま

ヒトはヒト以外の動物に対しても共感するかぎり種差別論理的には正しい

腹立たしい事に自分には反論する能力が無い

だが正しいからといって人々は正しき行いをしなければいけないわけではない

車が来ていなかったら信号無視道路を横断する歩行者もいる

信号無視をしたからと言って、信号無視は善き行いだと思っているわけではない

信号無視したことがあるヒトであろうとも、きっと子どもには「信号無視をしてはいけません」と教育するだろう

から肉を食べるし革靴を履くけどね、悪いなあと思いながら

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