ホテルの大浴場っぽいところの洗い場で急に便意を催した。いや、正確に言えば、なんとなくお腹が張っているような気がしていたのだが、しばらく出ないだろうと思ってお風呂に入りに来たのだ。割と健康的な柔らかさを備えた普通のうんこを排泄してしまった。問題はここはホテルの大浴場だということで、仕方ないので隠さないといけないのだが、うんこの量が多すぎて椅子では隠しきれなかった。隠しきれなかった分は持ち合わせていたニットの帽子で隠すことにした。なるべくうんこと直接接触しないように気をつけて覆ったのだが、それでも帽子にうんこがついてしまった。最悪だ。とりあえずこのうんこをどうにかしなければ。そこは風呂場なのだから細切れにして泡と一緒に流せばよいのだが、しかし流しきれずにニットのうんこが残ってしまう。なにか袋やスコップのようなものを持ってきて持ち帰らねば、という思いから脱衣場に戻ることにした。犬の散歩か。しかし席を立ったところでとんでもないことに気づいた。この大浴場は各自が排出した排水が洗い場の鏡の後ろの半透明のタンクに貯まる構造になっていたのだ! な、なんだってー。他のお客の鏡の後ろのタンクには泡の混じったお湯が貯まっているのに、増田の鏡の後ろのタンクにはさっき流したうんこがプカプカ浮かんでいるのだ。俺がうんこをしたということが一目瞭然ではないか! 慌てて脱衣場に戻ると同僚と会った。これから風呂を出るところだという。一緒に風呂を出て部屋に戻ることにした。同僚が、風呂でうんこをしたけしからんやつがいるらしい、という噂を教えてくれた。そうだ、どうやら増田は職場の研修旅行で来ているのだ。誰がどの洗い場を使ったかは記録に残っているので、増田が洗い場でうんこをしたことはわかってしまう。もしうちの職場のやつだったら、このホテル次から使えなくなるかもしれないじゃん、困ったやつがいたもんだよね、と同僚は言う。あれ、実は俺なんだ。そう同僚に言うのが正解なんだろう。上司に報告して、すみませんでした、とホテルの管理人さんに言うのが当然なんだろう。いずれバレる悪事なのだから、さっさと名乗り出て謝ってしまうのが一番いい。頭ではわかっている。でもできなかった。小学校の頃、僕がやったんですごめんなさい、と名乗り出ることができなかった記憶が頭を去来する。どうすればいいんだろう。正解は知っている。けれど言い出す勇気が出なかったんだ。浴衣でホテルの廊下を歩きながら、ぐるぐる、ぐるぐると、自己嫌悪が頭を渦巻いた。
起きて、しばらく、職場にどう言い訳すればいいかを考えていた。うんこの質感が異様にリアルで、鏡の裏のタンクも実際にありそうで、どうしても現実のことだとしか思えなかった。いや、あそこまでひどくないにせよ大浴場でうんこをしたことはあったのでは、という記憶をたどってしまい、1分くらいしてそんな過去はないことをようやく確信できた。ニットの帽子も無事だ。よかった。でも今日どんな顔でこれを被ればいいんだろう。