2022-05-16

から見た男女平等とはどういう事か

男性に限る」「女性に限る」と言うことが無い状態。現状では男性制度的に排除されていることはあってもその逆は無いので、女性加害者であると言う意味において男女平等ではない。

まり結果の平等は求めていないし、求めるべきでもないと思っている。男女の格差制度的な悪意設計によるものではなく、単純に女の不適合さによるものだと見なしている。

女の不適合さは最終的には「産む性である」と言うことに帰結するが、当たり前の話だが男性は「それは別に俺のせいでは無いし」と考えている。基本はこういう考え方だ。ただしそこから対応は分かれる。

第一障害者保護するように女を保護するのを受け入れようとする考え。女性性を障害と見なす考えだ。

第二はそれは生まれつきのものであるし、多数派女性多数派であるがゆえに障害者ではないので、女性性を能力(の欠如)と見なす考え。究極、嫌ならば子宮をとっちゃえばいいのに、と言う考えである

いずれにしても女性被害者とみなし、「男はゲタを履かされている論」はかなり限界に来ている。フェミニズム理屈事実そのままではなく、単に女性の劣等性と女性自尊心を両立するためのプロパガンダに過ぎないと男性気づきつつあるからだ。

基本、他のありとあらゆる能力は生まれつきの要因に起因し、それらが肯定されているのに、なぜ女性性のみを生まれつきの能力として扱えないのか、実はアプリオリ根拠はない。自分たち公共の福祉から受益をしながら、別の弱者公共の福祉への負担胎児など)に対しては女性拒否するのであれば、女性障碍者と見なす「優しい女性容認主義」も存立を危うくするだろう。

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