2019-11-21

多様性のはなし

今年からアメリカに来ている。

この国には多様性というやつか、様々な国、様々な肌の色の人々が集まっている。

たまにTwitter海外では政治の話をするのが普通とか聞くこともあるが、まぁそんなことはないと思う。この国に来ている人はみんなナイスガイだけど、腹を割って話し合う、みたいなことはなかなかできるものではない。ましてやセンシティブ話題だって多い。

例えば、uberを使った時、ドライバーアジア系漢字を使っていたので、中国から来たのかい?と聞いたことがある。

彼は、香港から、と答えた。

自分の不注意さに気付き、言葉に詰まったが、彼はさらっと流してくれた。


同僚には中国本土から来た人間もいるし、韓国人もいる。トルコ人の知り合いもいる。

普段彼らはみんな実に親切でいいやつなのだ

しかし、本当のところはどうかわからないし、それを確認することはないだろう。

最近香港ウイグル関連の報道について、中国の同僚はどう思っているだろうか。

韓国人の彼は昨今の日韓関係をどう受け止めているだろうか。

トルコ人彼女自分祖国と今生活の場としている国との間で、生きづらくないだろうか。

ある意味でとても興味のあることだが、同時に答えを聞くのがとても怖い。

しかしたら、彼らの回答次第では絶対に分かり合えないことが明らかになってしまう。

分かり合える、と思うこと自体傲慢ではあるかもしれないけれども。


まぁ、とにかく今のところ表面上はうまくやれている、と思う。

この、表面上はうまくやる、というのは多様性を維持するルールなのだろうと思ったりもする。

まり、努めてナイス人間として振る舞うこと、過度に詮索しないこと、であって、その結果、仕事プライベート必然的に分けた方が良いとなる。

日本ではプライベートを詮索しないとかはセクハラ文脈だったり、ビジネスライクな付き合いは働き方の文脈だったりするが、実はこの辺りは今後多様性のある社会を目指すにあたって結構重要だったりしないだろうか、なんてことをぼんやり考えている。

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