2017-08-06

あれから雨が嫌いになった

社会人としての生活にも慣れてくると同時に一人暮らしの準備を始めた。

いい年して親のもとで暮らすのは恥ずかしいという思いが半分、誰の目も気にせず一人でのんびり暮らしたいというのがもう半分の理由だった。

賃貸不動産サイトを見ているとどの部屋も素晴らしく見えてくる。

その中でひときわ家賃の安い物件を見つけた。

1Kの小さな部屋だが駅からの徒歩、設備、周辺環境、どれをとっても文句なしだった。

それにしてもこの家賃の安さはどういうことだろうと思い「備考」の欄を見ていると

【告知事項あり】

とあった。

すぐにピンときた。これが事故物件というやつか。

家賃よりも好奇心に引き寄せられるように不動産屋に電話をした。

「……ていう物件見てみたいんですけど」

「……ですね。少々お待ちください」

受付の女性担当者電話をまわした。

「お待たせいたしました。……の内見をご希望とのことでよろしいでしょうか」

はい、安かったのでちょっと見てみたいなと思って」

こちらは不動産サイトか何かでお探しになられたのでしょうか」

「そうですね」

担当者はひと呼吸置くとトーンを下げて言った。

「ではご覧になられたかもしれませんが「告知事項」が一つございましてですね、あの物件、前の住人の方が部屋で亡くなってまして…。なのでこのお値段となってるんですが…」

僕は特に構わないと答え日時を決めた。

当日は豪雨という絶好の事故物件日和の中、担当運転マンションを訪れた。

短い廊下の両側に台所とトイレ風呂という造りになっていた。

僕はそれぞれを順番にチェックしながらいよいよ部屋と廊下を仕切っているドアを開けた。

部屋に入ると誰かがなかにいた。姿は見えないが誰かがなかにいた。

幽霊や魂といったあやふや存在ではなく実体を持った「誰か」がいた。

「こんな感じでリノベーションしてあるんで室内は綺麗なんですけどね。いかがですか」

淡々と喋る担当に僕は怖気づいたさまを隠しもしなかった。

「もう大丈夫です。ありがとうございました」

玄関脇に立てかけた傘を取り、逃げるように玄関を出たとき僕は目を疑った。

傘が綺麗にたたまれボタンまでしっかり留まっていた。

僕には日頃傘をたたむ習慣はない。

帰りの車内はお互い無言だった。

時折ナビを操作する担当に向かって「僕の傘たたんでくれましたか」とは怖くて聞けなかった。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん