社会人としての生活にも慣れてくると同時に一人暮らしの準備を始めた。
いい年して親のもとで暮らすのは恥ずかしいという思いが半分、誰の目も気にせず一人でのんびり暮らしたいというのがもう半分の理由だった。
賃貸不動産のサイトを見ているとどの部屋も素晴らしく見えてくる。
1Kの小さな部屋だが駅からの徒歩、設備、周辺環境、どれをとっても文句なしだった。
それにしてもこの家賃の安さはどういうことだろうと思い「備考」の欄を見ていると
【告知事項あり】
とあった。
家賃よりも好奇心に引き寄せられるように不動産屋に電話をした。
「……ていう物件見てみたいんですけど」
「……ですね。少々お待ちください」
「お待たせいたしました。……の内見をご希望とのことでよろしいでしょうか」
「こちらは不動産のサイトか何かでお探しになられたのでしょうか」
「そうですね」
「ではご覧になられたかもしれませんが「告知事項」が一つございましてですね、あの物件、前の住人の方が部屋で亡くなってまして…。なのでこのお値段となってるんですが…」
僕は特に構わないと答え日時を決めた。
当日は豪雨という絶好の事故物件日和の中、担当の運転でマンションを訪れた。
僕はそれぞれを順番にチェックしながらいよいよ部屋と廊下を仕切っているドアを開けた。
部屋に入ると誰かがなかにいた。姿は見えないが誰かがなかにいた。
幽霊や魂といったあやふやな存在ではなく実体を持った「誰か」がいた。
「こんな感じでリノベーションしてあるんで室内は綺麗なんですけどね。いかがですか」
玄関脇に立てかけた傘を取り、逃げるように玄関を出たとき僕は目を疑った。
僕には日頃傘をたたむ習慣はない。
帰りの車内はお互い無言だった。