2012-05-09

女が「守って欲しくない」から「守って欲しい」に変わるとき

健康バリバリ働くのが生き甲斐だった頃の夫は、いわゆる「守ってやりたい」派の男性だった。その庇護があまりに鬱陶しくて離婚し、仕事を続けながら出会った男性と公私共のパートナーとなった。一緒に仕事をすることが当たり前の毎日…2人になったことでパワーアップし、事業もうまくいっていた。

  

今思うと身勝手なことをしたと思う。でも元夫には悪いことをしたが、社会には貢献できたというのも事実だ。

  

   

…そんなある日、突然発症した。

  

膠原病の一種の難病で、一生薬を飲み続けなければならず、定期的に検査必要。身体は不自由になり、今までのようには仕事ができなくなった。

  

山盛りの薬の副作用に苦しみ、疲れやすくなり、関節痛には薬も効かず、指先も言うことを効かない。

  

パートナーには迷惑をかけ、通院の世話にもなった。彼の母親は「入籍もしていないのだし、そんな人とは別れて帰ってきなさい」と、何度も電話してきた。それでも5年間一緒に居てくれた。

  

…というより、そんな状態の私にまだ仕事の話をしてくる。当人の私は体調管理仕事どころではなく、アイデアも枯渇し陳腐ものしか吐き出せなくなっていた。

  

そして最近、やっと症状が落ち着いたというときに切り出された。

  

「独りで暮してくれ」

  

引っ越しなど生活が落ち着くまでは、協力する。でも、自分母親の元に帰らなければならない。しがらみの多いその街に、あなたを連れて行くのはお互いしんどいと思う。

  

え?何それ? 入籍こそしていないけれど、事実婚同然だし、健康ときはあれだけ一生懸命2人で頑張ってきたじゃない。なのに、足でまとい? 私をまき巻き込みたくない?

  

は、っと気づいた。いつの間にか、自分が「守ってもらいたい」人になってしまっていたことに。こんな厄介な病気になるなんて、健康ときには考えもしなかったし、一緒に仕事ができる人こそが人生パートナーだと思っていた。その自分の考えがこんなにもヤワになるなんて。

  

正直、今の体調で独り暮らしは心細い。指がだんだん動かなくなってきている。幸い、経済的にはまだ世話になっていない(貯金を食い潰している)けど、それは時間の問題だ。そうなったときに、この人は助けてくれない。

  

まだ元気な母親の元に行って親孝行をする、という責任を全うしようとしている。

  

周りに聞くと、この病気になって結婚をあきらめたり、断られたり、離婚した人は多い。自分はまだ5年も一緒に居てくれただけ幸せだったのかもしれない。

  

もう、ここで彼を、彼の人生解放してあげよう。

できることなら、彼に罪の意識や後悔を感じさせることなく、そっと去りたい。

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