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2022-11-06

なぜ山に登るのか? →腹を空かせるためだ

山に登る理由として、ジョージマロリーが「そこに山があるから」と答えたのはあまりにも有名だ。大正時代から昭和初期にかけて雪山単独行で名を馳せた加藤文太郎は、小説孤高の人」の主人公モデルになっており、作中で「汗をかくため」と答えている。

登山趣味とする私(といっても高くても1000m程度の山にしか登らないが)にとってはどちらの理由もそれなりに納得のいくものだが、私の答えは違う。私は腹を空かせるために登る。

登山カロリー消費の激しい運動である単位時間当たりでは登山以上にカロリーを消費するスポーツはいくらでもあるが、一日でのカロリー消費で登山を上回るスポーツは少ないだろう。競技の合間の休憩で大量のカロリー補給必要スポーツは知らないが、登山ほど高カロリー摂取するわけではないだろう。

登山ラーメンスパゲティを持ち込んで食べることはしない。燃料や鍋など余計なもの荷物がかさばるからだ。キャンプなら麺料理を鍋で煮て楽しむのも悪くはないが、登山では携行性が重要だ。私は登山を始めたばかりの頃はパンおにぎりを持ち込んでいたが、体積がかさばる割にはカロリーが少ないので、次第にチョコレートカロリーメイト・ようかんなどの高カロリー食品を持つようになった。「孤高の人」の主人公を真似して甘納豆も持つようになった。チョコレートカロリーメイトは脂質が多くエネルギーの即効性が悪いので持つ量を控えるようにもなった。様々な携行食の変遷を経て、最近ケーキシロップを中心にしている。歩きながらでも飲めるし、はちみつと違って大量に摂取しても腹を下すことがないからだ。そうした携行食をおよそ5000kcal分ほどリュックサックに詰め込むのが、私の日帰り登山ルーティンとなっている。

とはいえ登山中に全部を食べるわけではない。万が一遭難などして山で一晩過ごす時に備えて余分に食料を持ち込んでいるだけだ。気温・風速(風が強いと体温が奪われる)・行程によって摂取量は異なるが、だいたい持ち込んだ食料の半分程度(2000~3000kcal)を登山中に食べている。

昨日は始発の電車登山に出かけて2000kcalほど携行食を摂取した。気温が高く風も無かったので摂取カロリーは想定したよりも低かったが、それでも普段に比べれば摂取量は十分に多い。にもかかわらず下山後は猛烈に腹が減った。帰路に就く際に二郎系らーめんの店に寄り、大盛のアブラ増しを食べた。これがとてもうまかった。普段だったら昼飯抜きにしてようやく食べきれるほどの量で、腹の膨れと胃もたれで苦しくて就寝時間になっても眠りにつくことができないほどであるしかし、登山帰りの昨日は違った。食後はさすがに腹が膨れて満腹感があったが、10分もすれば胃が収縮していく感覚があり、満腹感はすぐに消えていった。胃もたれもなく、疲れのせいかすんなりと就寝することができた。

今日休みから昼頃までずっと寝て過ごす予定だったが、日の出前にあまりにも腹が減って目が覚めた。気にせず寝続けようとしたが、腹が減りすぎて二度寝できなかった。腹が減って目が覚めることを諸君らは経験したことがあるだろうか。いつもより早くて量の多い朝食後も腹が減りっぱなしで、普段は取らない間食も取り昼飯も大量に食べた。それでも体重は昨日より減っているから驚きだ。代償として、両足を中心として全身が筋肉痛になっており、立ち上がるだけで両足が痛む。筋肉痛が収まるまで2~3日は、いつもより食事量が増えることだろう。

二郎系らーめんなど脂っこくて大量の料理を食べたい人には、ぜひ登山お勧めする。

2018-10-17

『世には往々ほんの僅かの苦しみにもたえず、周章狼狽、意気沮喪して敗北しながら、意思の薄弱なのを棚に上げ、山の驚異や退却の困難をとき適当な時期に引揚げたなどと自讃し、登山成功したのよりも偉大な如くいう人がある。

 しかし山を征服しようとする我々は、こんな敗軍の将の言葉などにはいささかも耳をかさず、登頂しないうちは倒れてもなおやまないのである。』

以上の文章加藤文太郎氏による。

時折この一節を思い返す。

去年、私はある挑戦に対して「引くべきではないか」という提言を行った。

結果から言ってしまえば私の提言殆ど無視され、挑戦は本番まで継続され、結果それ以上の人的、物的損害もなく一応の成功を収めた。

私はその後、その挑戦を行う集団から身を引いた。已まざる理由複数あれど、やはりこれ以上付き合ってはいられない…と思ったのが最大の理由だった、と自分では思っている。

はしかし、自らが『ほんの僅かの苦しみにもたえず、周章狼狽、意気沮喪して敗北しながら、意思の薄弱なのを棚に上げ困難をとき適当な時期に引揚げたなどと自讃し、成功したのよりも偉大な如くいう敗軍の将』なのではないか、そうなろうとしたのではないか、という自らに対する疑いを晴らせずにいる。

多くの艱難を乗り越えて挑戦を続け、そして成功させた彼らは偉大だった。

私は、その偉大さに嫉妬し、その偉大なる行為邪魔しようとしただけなのではないか

2018-08-16

anond:20180816175119

加藤文太郎「はー? 登山なんて独学で勉強して一人で登ったり降りたりするもんですがー? 嫌なら登山辞めろや」

 
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