疲れた。
ただそれだけ。
「あ、これダメだわ」
と思った次第。
まず大前提として、
→楽しめないヤツが楽しめるヤツを非難するのは無意味。
・超課金してる人もいる。
→本人が楽しんでるんならほっとけ。
この3つを掲げておく。
3つめは異論ある人多いだろうけど、まあここに落ち着かせてくれ。
俺はオッサンだ。
そしてフリーターだ。
いわゆる底辺である。
もちろんン十万単位ではないが。
俺の貯めている資金なんて、
レッドブル200mlについた水滴ぐらい
簡単に蒸発してしまう程度だ。
だからむやみやたらに
金にものいわせて強くなる、
という手法は使えないし、
なにより実生活がある。
そして俺はオッサンなのであって、
若い人たちほど体力はない。
落胆しつづけるのに耐えるのは難しい。
疲れた。
もしきみがパズドラをしていて、
あまり金がなくて、
体力に自信もないなら、
いつかはこういう経験をするかもしれない。
若くても金がないなら、
やめるのは簡単だ。
金があっても若くないなら、
パズドラができないなんてことはザラだろう。
そこで情熱をもって続けられるなら、続ければいい。
そして俺は、
ってところなのである。
正直こんな話、
パズドラに限ったことではない。
と言う人がいたが、
と思っていた。
社員の懐が温かくなったところで、
使い道を俺らが指定することなんてできん。
もちろんそれで社員の心が潤うのかもしれんが。
俺たちは運営のことなんて考えず、
ここらへん俺も多少の実感はあるが、
どれだけ他人に差をつけられるか、
どれだけ自分に満足できるか、
というところにプレイの基礎を置くと、
悲惨な目に遭うと思う。
他プレイヤーに差をつける、
なんてのはけっこうナンセンスになってくる。
つまり「それなりに魔法石(≒金)を使わないと手に入れられない」
という種類のモンスターに根気をつぎ込むことになる。
つまるところ、
パズドラは他人に差をつけるという点より
いい味方を増やすために石(≒金)をつぎこむほうが
だが、この「楽しい」とか「気持ちいい」が
だんだん風化していくのか、
「このモンスターを手に入れなきゃならん」とか
義務感、ぐらいならまだいいけど、
感じ始めかねない。
楽しくなくなってくるのだね、
こういう風になると。
俺もだんだん楽しくなくなってきていたところだった。
金がないなら、時間をかけて情熱と体力のままにプレイすればいい。
情熱が少ないなら、暇なときだけでも金をかければ強くはなれる。
死にゃしないまでも、
金ないよー、という絶望感と、
強くならないと、という気持ちと、
もうやってられん、という体からの訴えとが、
ないまぜになってジェットストリームアタックをしかけてくると、
疲弊感にさいなまれるだけとなってしまう。
それでも楽しいという人には、
なにもいわなくてもいいと思う。
あまり楽しそうでないのなら、
やめさせてあげたほうが、
当人のためになるのかもしれない。
よくわからないパズドラという題材でこういう長文を芸能人アメブロみたいにスペースを入れつつ書くというのがすでに壮大な時間の無駄だなあ。