2013-06-14

http://anond.hatelabo.jp/20130613154103

勝手に産むのは親のエゴかもしれんけど、生まれた子供が生きるか死ぬかは子供勝手。生まれてきたのが嫌なら勝手死ねばいい。

極論を言ってしまえばそこまで親が責任を持つ必要はない。

 

子供は嫌なら勝手死ぬことができるけど、親は嫌でも子供を殺すことはできん。死ねないのは子供の問題。

そういう意味では子供にとっては本来ほとんど勝ちしかないゲームで、どっちかっていうとギャンブルなのはしろ選べない親のみ。

死にたい人は死ねばいいけど、生まれてきたい人がいるならその機会を与えられるのは親しかできん。

そういう意味では産むのはある意味義務のようなもの子供が選択する機会を与えられたことに文句をいうのは筋違いのような気がする。

  

なので親が計画して子供を産むってのはエゴとか鬼畜からくるものではなくて親のみリスクを背負う方務契約みたいなものから

本来途方も無い愛情からくるものになるだと思う。まあ初めから嫌なら生まないだろうけど。

 

というか死に恋焦がれているのになんで寿命による死を悪いことと捉えるんだ?

そもそも生きていない(生まれていない)状態は死だろ。生きてなけりゃ死んでんだよ。希望が叶うならば自分は苦楽ともに生きることに十分満足して寿命とともに死にたい。もしくは勝手死にたい寿命がなかったら元増田が恐れている自殺をしなきゃならんのだから寿命という機能が付いていることは人によっては制限だろうけど、考えようによっては人生に潤いと安心を与えるプレゼントみたいなもんじゃいかな。

 

ちなみにあえて増田論法に沿うと、人によっては子孫はある意味では自分の一部になるので、人によっち子供を産まないのは親殺しの親不孝や自殺同意義。増田の通り生きるも死ぬも自由だよね。けど生きたい奴を無視して産むなと言って、死にたくない奴に死ねというのはこれも不条理。産むなは子供の都合。そもそも死ぬ思い切りも持ってないからどんなに勝ち目が有る賭博でもなんでも出来ねえと思うんだよ。

 

結論としてエゴといや親のエゴだろうけど、子供に取っては機会が与えられるだけで本来win-win関係になってエゴ押し付けには成り得ないだろうと思った。まあ反論が書きたいだけで少しはわからんこともないのは確ちゃ確か。

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