はてなキーワード: 家政婦は見た!とは
「ヒヨドリの巣がある!」と母が嬉々としていたのは少し前のことだ。
言われてみれば、庭の金木犀の中にこんもりとした草の塊みたいなものが見えた。その上に親鳥がちょこんと座っていたのは、きっと卵を温めていたのだろう。
母はよほど嬉しかったのか、『家政婦は見た!』の市原悦子さんのようにして窓辺から金木犀を覗いていた。私は生き物にあまり興味がなかったので、そんな母の後ろ姿を横目にそのうち巣立っていくだろうと思うくらいだった。
それからしばらく経った。雛が孵ったのか、庭からピーピーと小さな声が聞こえるようになった。親鳥もあちこち飛び回って、子育てのために奔走しているようだ。母は相変わらず市原さんをしている。
巣から頭を出して餌をねだる雛、餌集めに懸命な親鳥、窓辺の母。なんとものどかな光景だった。
今日は梅雨の晴れ間だった。ガーデニングをしていた母が庭木––金木犀とは別の木––の根元に変な穴があると言い出した。私には何も心当たりはなかった上、母以上にうちの庭に詳しい人間はいないので「なんだろうね」とだけ返しておいた。
午後になって買い物に出た。母が庭に植える花やコロコロの替え、食べ物なんかを買って家に着いたのは夕方になる前だった。荷物を仕分けた私がソファで一息ついていると、買った花を植え終わった母が不思議そうな顔で戻ってきた。
それから一時間ほど過ぎた頃。母と居間でおやつを食べながらテレビを眺めていると、突然外からけたたましい鳴き声が聞こえてきた。親鳥の声だ。私より速く窓辺に寄った母が「蛇!」と一言叫ぶなり庭へ駆けていった。窓から金木犀を見ると、枝を伝う黒い影のような蛇の姿があった。その周りで、二羽のヒヨドリがバタバタと飛び回りながら鳴き続けていた。
「やめて! やめて!」と繰返し大声をあげながら、母は棒を使って蛇を落とそうとしていた。途中で手伝おうかと別の棒を手に尋ねたが断られた。危ないからか、私がウネウネしたものが苦手だからか、単に邪魔なだけか、全部か。
蛇は母の手によって追い払われた。けれど巣からあの小さな声が聞こえることはもうなかった。さっきまでの威勢がすっかり消え失せた母と居間に戻ると、庭のフェンスに留まる親鳥が見えた。巣に向かって、甲高い声を上げて続けていた。甲高い声の中に「ごめんね」と小さく呟く母の声も時折混ざった。
別にヒヨドリが好きなわけではなかったとか、ヒヨドリも蛇も野生だからこういうことは普通に起こりうるのだろうとか、あの変な穴は蛇のだったのかなとか考えはするのだけれど、今は夕暮れの庭に響く親鳥の声に胸が詰まりそうになっている。
これを書いているうちに日が落ちて、親鳥の声も止んでしまった。彼らはどうしているのか、どこで休むのか、あの巣はどうなるのか。静かになった庭のそばで、そんなことを考えている。