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はてなキーワード: チベットとは

2008-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20080324185950

誰もがそう考えてるなら、チベット問題なんかあっという間に解決だな。

2008-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20080323154151

チベット関連のニュース掲示板見てると

チベット日本と近い、似てる、同じだ!」って書いてる人やそう思わせる記事が多いね。

あの扇動がその優先順位を見事に「外国の人」から「近所に住む人」レベルにまで

引き上げてるんだろうね

チベットに何もしてやらない日本はおかしい

少なくとも僧兵ぐらいは派遣すべき

2008-03-22

どこか遠い世界で起きた自分には関係のない事

 日本社会運動が今ひとつ盛り上がらない理由について考えてみる。日本の風潮のせい、ネットで話題になる偏向報道、またひどく深刻な社会問題がないということ、学生運動の失敗などなど理由はいくらでもあるだろう。それらが複合的に絡み合って今の現状がある。

 ところで日本人の風潮とは一体何だろう。色々な問題が出たときにとやかく日本人の風潮というものが問題視されるが、その実体は一体何なんだろう。最近読んだものには”表面的な付き合いしかしない若者”というものがあった。自己のメリットの範囲内でしか人間人間の付き合いをしないという若者コミュニケーションがそこでは問題視されていた。表面的な付き合いというのは日本の一種独特のコミュニケーションスタイルだと思う(それをコミュニケーションと認めるならば)。集団社会という点、自分の趣向をないがしろにできるという点、雰囲気を過剰に読むという点(KYというふざけた言葉があるくらいに)などが表面的な付き合いというものを可能にしている要因である。特に日本には以心伝心という言葉が古くからあるように言わずとも分かれという意識が非常に強い。これは日本人全体のコンセンサスにもなり得る程だ。

 あるいは古い時代なら何と言わないままでも分かり合えてたのかもしれない。しかし、現代の人間にはそんなことは伝わらない。むしろ言っても何も伝わらない時代なのだ。人間という生き物は確かなプロセスと結果を学習しなければ、何も得る事は出来ないのは自明の理である。子供精神や脳のシステムが発達していく段階に、親はしつけの名の下に何がどうしていけないかを教えなければならない。現実問題として親はしつけを放棄するようになっているし、大人が子供を恐れているという問題もある。挙げ句の果てにはアダルトチルドレン問題なんていうものさえあるのだ。少し脱線したが、私が言いたいのは想像力のない人間が増えているということである。人間包丁で刺したら死ぬということさえ理解していないように見える人間だっている。現代は人に対する想像力が決定的に欠けている人間が多くなっている。想像力のない人間に、”ダメ、絶対”という言葉だけで一体何が伝わるというのだろうか。しかし表面性を重んじる社会はこれを賞賛するのだ。全くもって素晴らしい国だ。説明する労力をみんながみんな省こうとするのだから。

 こうした表面性にも増して社会運動が盛り上がらない重要な要因はもう一つある。それは言うまでもなく日本的集団社会システムである。グループ組織の中で一人違った発言や主張をしただけですぐに組織からしめだされる。マイノリティを排除しようとする素晴らしい民主主義システムである。

 こうした事柄などから社会システムなんていうものはいくら頑張っても個人の力では何一つ変えられないと日本人が思うのは至極当然のことだ。そういう意識は勿論私にもあるし、日本全体のコンセンサスのようになっているかもしれない。社会運動学生運動などは時代が違うのだ。社会システムに歯向かうなんて馬鹿のすることだ、と多くの人は考えている。それでも立派な革命家思想家なら徹底抗戦するだろう。詩人小説家も同じかもしれない。とにかく少しでもいいから社会をいい方向にもっていきたい。それが理想であろうと幻想であろうと妄想の戯れ言であろうと彼らは頑張っている。それが例え最悪な結果を招いても方向性が著しく間違っていたとしても彼らを私たちが嘲笑うことなど出来ないだろう。私たちは何にもしていないのだから。

 民衆の結束力が弱くなった時代だと言う。人々は互いに無関心になって、国民意識とか郷土意識とかがなくなっているともいう。しかし、世界の裏側で子供餓死しようと、チベットで暴動が起きようと、そうした事が私たちの実生活に影響を及ぼさないのも事実だ。所詮対岸の火事なのだ。そんなことは私や君の生活には関係ないから、例えそれが心を痛ませるものだとしても、私達は自分達がどうやって明日の生計を立てていくかを考えた方が良いのだ。ではもし自分の住んでいる街に原子力発電所ができたら、ゴミの埋め立て場ができたらどうするだろうか。どうもしない。その街を出て行けばいいだろうと人は言うだろうし、反対運動に身を費やすよりは補助金でももらってさっさと新天地を求めた方が懸命だ。現代とはそんなもんなのである。

 では、例えばの話をしよう。  

 ある漁村ダム建設計画が浮上した。漁村が位置するのは珍しい泥海がある場所で、そこで漁師達は伝統的な漁を営み生活していた。またそこにはムツゴロウなどの珍しい生態系も住んでいた。その地域は毎年ひどい水害に見舞われていた為、ダムをつくって水の流れを止めてしまう事が切実に必要だった。しかし、ダムによって水がせき止められてしまえば、そこにいる生態系は全滅し、漁師達は職を失う。

 このニュースは直ちに全国に流れた。人々はそれを見て何て可哀想な出来事なんだと感じた。そして、様々な抗議運動が展開された。珍しい生態系を守らなければならないというのが特に人々の心を動かしたようだった。漁師伝統的な漁と、珍しい生態系は絶対に守らなければならない、と彼らは声高に叫んだ。だが、ダム建設しなかったら水害はどうなるということについて彼らは何も考えていないようだった。水害は毎年死者を出すほどのひどいものであったので、地域の住民はダムの設立を切望した。双方様々な運動をした。どちらにとってもダムは文字通り死活問題だった。

 結局漁師の抗議運動もムツゴロウなどの保全をうたう環境団体の運動も結局は何の効果ももたらさなかった。何故ならダムを作る事の優位性は明確だったし、地域の住民の数に比べて漁師の数は圧倒的に少なかった。そして誰もが仕方の無いことだったんだな、とニュースを見てひとしきり胸を傷ませた後、各々の生活に戻った。

 一つの季節が終わり、春が来るとほとんどの漁師は村を去ったが、ムツゴロウは元気に繁殖活動を続けていた。

 数年後、漁師ムツゴロウ達が消えた場所には「ここは昔海でした。」とだけ書かれた看板が立てられた。世間の人々は漁師ムツゴロウのことはもうすっかり忘れていた。何故人はすぐに忘れてしまうのだろうか。それは全ての事件に胸を痛ませて、憤慨し、悲しいことを忘れないように、理不尽なことを忘れないようにしていたら、人は疲れきってすぐに気が狂ってしまうに違いないからだ。誰もが何もかもを忘れていく。自分に直接関係のないことは所詮自分に関係のないことなのだ。

 昔、漁村があった街には今では味気ないダムと味気のない看板が立っている。その街の人々はとても幸せそうに暮らしている。

 私はこの文章を書きながらチベットの人々のことを考えた。難民のことを考えた。食べ物が無くなり、今にも餓死しようとする子供達のことを考えた。平和が訪れればいいな、と本気で思った。

 それでも寝て起きたら、私も全てをすっかり忘れて私の日常に埋没するかもしれない。それが良い事なのか悪い事なのか私には分からない。

 ただ、それが出来てしまう今の自分を好きになれないということだけは分かっている。

追記

http://anond.hatelabo.jp/20080322120813

当時の日支戦線において、支那アメリカから武器弾薬等をビルマ経由で輸入

していましたが、このルート日本軍によって絶たれた後、連合軍側はヒマラヤ

越えのチベットルートを開こうとたしました。

しかし、先代のダライ・ラマ13世はあくまでも「中立」を貫き、アメリカ大統領特使の

強硬な度重なる要求にも断じて応じませんでした。

ダライ・ラマ13世が死んだのは1933年

これってソースあんの?

http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51261997.html

太平洋戦争戦前

チベット

日本経済封鎖されて可哀想。羊毛送るよ。

気にすんな。同じ仏教国じゃないか。見過ごせないよ」

戦時中

アメリカ

「おい、中国日本ブッ叩くための補給路確保に、お前らも協力しろ。」

チベット

日本とも国交のある我々は、最後まで中立を貫く。協力はしない。」

戦後

チベット日本と国交があった為「敗戦国扱い」→中国チベット介入→今に至る

恩を返すときが今来たな

http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/news/1205769926/

かつて日本大東亜戦争中、「同じ仏教国だから」という理由だけで羊毛を

送ってくれたのがチベットです。

チベットは一貫して「中立」を守り、日本との国交は変わらず続けられていました。

当時の日支戦線において、支那アメリカから武器弾薬等をビルマ経由で輸入

していましたが、このルート日本軍によって絶たれた後、連合軍側はヒマラヤ

越えのチベットルートを開こうとたしました。

しかし、先代のダライ・ラマ13世はあくまでも「中立」を貫き、アメリカ大統領特使の

強硬な度重なる要求にも断じて応じませんでした。

日本との国交を継続していたチベットは、なんと国際舞台で「敗戦国扱い」をされる

ようになってしまいました。

それが支那共産党につけこまれ、皆さんもよくご存知の現在チベットの状況に

つながっています。

あれから日本は魂を抜かれた国家と成り果てました。

少なくとも、第二次世界大戦までにチベット独立国として承認していたのはモンゴルくらいしかないはず。当然、日本チベットに国交はなかったし、「敗戦国扱い」もされてない。

チベットは国際的に承認されていたわけではないが「実質的に独立」という状態だった。

ただし、中国国民政府)は「チベット中国の一地域」だとして国民党員を置いていた。

チベット支配のきっかけは1949年7月にチベット政府国民党員を追放したことで、人民共和国建国目前の共産党はこれを英米など帝国主義勢力が背景にあると見なして、「祖国解放」「祖国防衛」の決意を強くしたことにある。

人民解放軍チベット進駐が1951年と、朝鮮戦争と同時期に行われたのは、この両方を帝国主義勢力の中国侵略からの防衛であると中国が位置付けていたからだ。

第二次世界大戦チベットが「敗戦国扱い」されたことが、現在チベットの状況につながっている、というのは二重の意味で間違いといえる。

「敗戦国扱い」につけこまれるというなら、国民政府の方が早くチベットを「解放」していただろう。

こちらはソースというか参考文献を挙げておく。

毛里和子『周辺からの中国東京大学出版会1998年

奥村哲『中国現代史青木書店1999年

http://d.hatena.ne.jp/takerunba/20080322/p1

団塊世代がいいとは思えないこれだけの理由

これもかなり嘘くさい。

低学歴から高学歴まで学歴関係なく幸せを勝ち取ることが出来た>

雇用も限定的で、よっぽど学歴に縛られてましたよ。六大学とか、関関同立というブランドは昔からあるわけですし。今、社長になっている人は高学歴の人ばかりですよね。で、こうした人は団塊世代なわけですよ。この世代が企業トップクラスについている。

(略)

また低学歴の人が虐げられていた面もありましたしね。「女工哀歌」みたいな話は珍しくなかった。

元の理由自体が変なのは同意。

学歴の影響が強かったのも同意。

だから、その下の世代ではより学歴が強調された。

けど、低学歴でも出世できた機会が今と昔のどちらに、あったかといえば、経済が拡大傾向にある時の方がチャンスは多いに決まっている。

あと、「女工哀史」は明治大正の話でしょ。

就職さえ出来れば終身雇用が約束された>

逆に言えば転職できなかったのです。転職という選択肢がない、それを許す時代背景がない。安い給料でも我慢して働くしかない。そういう限られた選択肢社会だったのですよ。

すごい勘違い

終身雇用がよいのではなく、終身雇用が保障され会社にいる限り、必ずベースアップがあった。横並びだけどね。

頭抜けて良い給料が難しいという難点はあっても、ぎりぎりの最底辺の給与でずっといるという状況もないのが素晴らしいのに。

<女が男を支えた>

でも単純な話、共働きの方が収入が増えるじゃないですか。その方が家計は楽じゃない? 女性も働くことができる。

元の理由は気に入らない。

けど、共働きでないと暮らせないのと、共働きでなくもて暮らせるなら、後者の方がましなのは明らか。

転職しても職で困ることはなかった>

とらばーゆ」なんてもうはるか昔の言葉のような気がするけど、創刊されたのって1980年。実は意外と最近ですよ。

いやぁ、その言葉が出来た頃に第一線だったのが、団塊世代じゃないの?

30年で世代は交代するよ。

当時の転職は最終的に不利なケースが多かったけどね。

年金支払いがあてに出来た>

結果的にあてにならなかったわけで。しかもそれを団塊世代を直撃しているわけでしてね。それこそ消えた年金記録もろもろで。

あてにして裏切られる方が、あらかじめあてにしないよりきつくない? 少なくても団塊の世代はこれまで払ってきた。払った分を期待するのが当然。あてにして当たり前。それが政府に裏切られようとしている。このショックは大きいぞ。

団塊の世代は、払ったよりももらえるよ。

払ったのよりもかなり多めにもらえる予想だったのが目減りしているけど、それでも多い。

下の世代は、払った額より少ない額しかもらえないのが予想できるんだよ。

これって寄付金?

<将来に明るい展望があった>

どれだけありましたかねえ。それこそ団塊世代全共闘とかの世代でして。日本赤軍とかのテロがあったり。また冷戦の時代でしたねえ。米ソが対立していた。国際的に明るいとは言えませんねえ。今よりはるかに軍事的脅威があった時代なんで。ベトナム戦争なんかもあったしさ。

国内的にもどうだか。公害なんかもひどかったし、そんな暮らし向きは良くなかった。オイルショックなんかがあって、トイレットペーパーを奪い合って買うような時代ですよ。今より良いとは思えんねえ。気の持ちようだと思いますよ。

いまだって、アフガンイラクチベット、脅威はいくらでもある。

今は、インフラは整ったけど、これ以上の向上は見込めない。

逆に整えるための借金をどう返済するかで悩んでいるじゃん。後退するかも知れない。

オイルショックは一時の狂乱。常時そんな状況だった訳じゃない。

<25年の住宅ローンを安心して組めた>

そもそも25年の長期ローンを組んでまで、何で家を買わねばならんのかと。なんで賃貸で我慢せんのか不思議でなりませぬ。

引用はしないが、3000万で住める家は、賃貸で月10万で住めるだろうかという部分がない。

あと、終身雇用がローンの安心感につながる部分の視点が抜けている。

<満額の退職金又は割り増しの早期退職金で死ぬまでの人生プランを立てられる>

これだって実は既に危ういわけで。で、その危うさに直面しているのが団塊世代でありまして。年金同様、これをあてにして生きてきたのに、これがもらえない可能性が出てきている。こっちの不安の方がはるかに大きいと思うぞ。最初からあてにしてない世代に比べてさ。

さっきも書いたけど、あてにするしないは別でさ。

彼らは現役よりも多くもらえるわけだ。

たとえ、当てにしていた額よりは目減りしても。

もらえない人間よりもらえる人間の方がよいのは当たり前でしょ。

------

他の項目はあまり文句はない。

http://anond.hatelabo.jp/20080322095440

増田

あまり否定的な反応をしなかったせいか

今度は「明日デモあるから行こう」って誘われた。

良い奴なんだが断りにくい。

俺はどうすれば?

今からチベット勉強するか・・・。

ちょっと、だれか3行くらいでどういう問題か教えて・・・。

チベット問題で友達からメールきた

俺バカだからテレビとかニュースとか2chとか一切見てないから

最近チベット問題について全然知らないんだけど

mixiで普段全然日記書かない奴が名前の後ろに@tibbetなんたらって付けて

日記チベット問題の長文コピペを毎日貼るようになった。

俺活字だらけの四角形見るの苦手だから全然読んでなかったんだけど

さっきそいつからメール着て「日記読んだ?」とか「名前の後ろに@tibbetなんたら付けて」ってきて

ぶっちゃけ怖いんだけど。

いや、たぶん俺も読んだらこいつと同じような気持ちになるかもしれないんだけど

こいつ含めてチベット問題のこの勢いは怖いわ。

2008-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20080320105209

1000万円と寿命10年を差し出した瞬間

喫煙者の6人に1人は肺がんで早死にします(タバコ仲間が6人いれば確率的に誰かがやられます。ロシアンルーレット)。

喫煙者の2人に1人はCOPDで苦しみます。

WHOタバコ対策に関する最新の報告書(http://www.who.int/entity/tobacco/mpower/mpower_report_full_2008.pdf

前文:

タバコの蔓延(tobacco epidemic)による死者数

20世紀に1億人が死亡

現在、毎年540万人が死亡

緊急の対策が行われなければ:

 ・2030年までに、毎年800万人以上が死亡し、うち80%は発展途上国においてである。

 ・21世紀の終わりまでに10億人が死亡すると推計される。

この完全に対処可能な疫病(epidemic)を阻止することは

公衆衛生ならびに世界のすべての国の政治指導者にとって最優先事項である(rank as a top priority)。

WHO事務局長 マーガレット・チャン

私に言わせればチベット動乱などまだかわいいものだ。

2008-03-20

チベットとかダルフールとか

ダルフールは盛り上がったのに、チベットいまいちだね。

どうしてチベットブロガーの心を鷲掴みにしないんだ?

やっぱり野球がはじまったからだろうな。

そうだ。

チベットの弾圧に拳を振り上げる欧米人をみて

パレスチナ人は、イスラエルが俺たちにしたのとどう違うの? と思うし、

アボリジニはは、オーストラリアが俺たちにしたのとどう違うの? と思うし、

ネイティブアメリカンは、いいから土地を返せよこのヤンキー野郎ども、と思うんだろうな。

チベットを応援すればするほど、日本は苦労する件について

チベットが頑張る>中国困る>欧米から中国叩かれる>中国涙目>ますます中国ロシアが深い関係に>強大なロシア中国が強くなる>日本びびる>アメリカ助けて!>よーしわかった、アメリカ国債、ドル買いなさい>買ったけど損しかしません>大統領が新しくなりました>沖縄可哀想なんで米軍撤退します>日本がんばれよ>さて中国と仲良くするか

この流れがどこまでいくかなあ

2008-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20080319005726

殴った方には、暴力は良くないことを教え諭したそうだ。

これはわかる。

そして、殴られた方には「殴られるような物言いをするからだ」と諭したそうだ。

ちなみに殴ったのは39歳男で、殴られたのは25歳女。

ちなみに殴ったのは中国で殴られたのはチベットと続くのかと思ったオレはニュースに毒され過ぎか。

2008-03-18

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080318-00000940-san-int

一方で「ダライが独立の主張を放棄し、チベット台湾中国の不可分の領土であると承認すれば、話し合いの門戸はいつでも開いている」

ダライ・ラマは独立主張を放棄したせいで亡命チベット人の若い世代からは突き上げを食らってるくらいなんだけどな。

ダライ・ラマ中国と若手チベット人板ばさみになってる形なんだが、まさか中国はそれを知らないのかな?

このまま、ダライ・ラマの影響力が衰えたり、死んだりすれば(彼ももう高齢だし、転生の問題は火種になるだろうし)、中国政府は真のチベット独立派や過激派と直接対峙することになって、事態は悪化すると思うんだが。

温家宝インタビュー

AFP通信:ここにいる多くの記者ラサに行って自分の目で直に何が起こったのかを見たいという希望を持っていると思います。現在外国人チベットに向かうことが許可されず、さらにチベットにいる外国人チベットから追い出されました。そこで我々は独立したメディア、あるいは独立した個人がラサに行って、そこで起こった一切のことを評価したいと特に願っています。このような声に対して、総理はどのように考えますか?我々は中国が自ら提供した事実や真相について、それほどの自信があるというのなら、なぜ外国人あるいは独立した個人をチベットに行かせないのか、それを知りたいと思います。

温家宝:我々は各国のニュースメディアラサ情勢に対して注目していることを理解している。私は皆さんに対して言うことが出来る。ラサの今回の事件はすでに基本的に終息した、と。ラサは必ず開放する。我々は海外メディア組織してラサの状況を実地で考察するということも考えている。

http://npc.people.com.cn/GB/28320/116286/116574/7014264.html

http://anond.hatelabo.jp/20080318084254

ずっと同じこと書いてる人?

アムネスティをはずしたのはなぜ?

この事件以前から彼らはずっとチベットについて追い続けてきたよね。トップに今置いてる。その他は見ていないけれど。

http://www.amnesty.or.jp/

ほかは追っていないからアムネスティについてだけ書くけど、彼らは人権弾圧なら無差別にどの国でも書くよ。どんな細かいことでも。それが問題ないとは言わない。ちょっとした人権侵害を流すことで、それを引き起こした構造的な巨悪を見逃す場合もある。頓珍漢な場合もある。でもそれが必要なことだと信じて書き続けている。その姿勢は、個人的には問題がある場合が結構あると思うのだけど、その意志の強さだけは評価している。

それはともかく、アムネスティを混ぜたことについて誤解であったと一行あってもいいんじゃないかな。その他の団体についてはずっと追ってるわけじゃないから個人的に姿勢は今すぐ評価はできないけど。

韓国併合とかチベットとか

・いい事もした。インフラを整備した。経済的に豊かになった。

・諸外国も容認(黙認)した。

・現地にも併合を支持した勢力がいた。

・独立運動じゃねーよ暴動だよ。

こういう物事の肯定論って自然と似てくるもんだと思う。

2008-03-17

太平洋戦争の開戦前経済封鎖された日本国に対し、

チベット政府から大量の羊毛が送られて来ました。その理由はただ、

「同じ仏教国が苦しい思いをしているから」

でした。

戦争突入後、チベットは一貫して中立を守り、日本との

国交は変わらず続けられていました。当時の日中戦線において、

中国アメリカから武器弾薬等をビルマ経由で輸入していましたが、た

このルート日本軍によって絶たれた後、連合軍側はヒマラヤ越えの

チベットルートを開こうとしました。しかし、先代のダライ・ラマ13世は

あくまでも中立を貫き、アメリカ大統領特使の強硬な

要求にも断じて応じませんでした。

このあまりにも理想主義的な外交が、やがてチベット国に

悲劇をもたらす結果となりました。

1945年8月15日・・・日本の敗戦です。

日本との国交を継続していたチベットは、なんと国際舞台

「敗戦国扱い」をされるようになってしまいました。

その後、戦勝国によって「国連常任理事国」が結成され、

中国もそのメンバーになりました。これが更なる悲劇の幕開けでした。

ttp://homepage3.nifty.com/~dennoji/t_gallery.htm

チベットの虐殺被害者

海外報道では衛星写真からチベット人の死者は500名以上

負傷者も10,000人以上が確認されたと報道されています。

中国政府発表とずいぶん数が違いますね。

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