秋葉原で加藤何とかが無差別殺人起こしてちょうど16年だそうだ。
早いもんだ。
記録を敢えて削除する必要はないし、関わりがあった人が祈るのを辞める必要もないとは思うよ。
でももう知らん人にわざわざ知らせなくて良いと思うんだよね。
だって知ってても防げないじゃん。
災害はさ、地域や地形の特性だから、知っておけるだけ知っとく意味があると思うんだわ。
でも人が悪意をもって起こした事件って、たまたま居合わせた人に出来ることないでしょ。
加藤何とかと同じ能力のあるやつがいま同じことやろうとしたら、普通に起こせるわけじゃん
そういう場面になったとしても、咄嗟に逃げられるかは、知ってるかどうかにあんま関係ないだろ。
知っておくことによって生存確率ほとんどあがらないのに、日々の安心感にヒビを入れる必要あるか?
俺はないと思ってる。
社会生活送る上で、最低限自衛は必要だから多少の警戒感はいるよ。
でも最低限であって、最大限警戒心もつのは辛いと思うんだよね。
個々人でさり気に風化させてくから、無理に提案することでは無いのかもしれないけども。
SNSでたまに流れてくるじゃん。自分の不安の種探し続けちゃう人の話。
安心って贅沢品だから、わざわざそういう人に提供しなくても良いと思うけど、巻き上げないようには配慮してあげても良いのではないかな。
知ってても関係なさそうなことは、もう風化させとこうよ。
過去の無差別殺人事件について、知らない人にわざわざ知らせる必要はないのではないかという意見ですね。ふーん、それで?
この書き込みで思い出したんだが?
>犯人から離れてるかどうか 犯人をそもそも発生させないようにしていくために伝えていくんじゃないのかよ
発生させないは無理やろ 掲示板で荒らされたから刃物振り回すとか止められるもんか