2022-01-24

幼稚園児の頃に見た夢

 深い暗闇にすっぽりと包まれている。

 視界は殆ど無く、足元のせいぜい数歩が覗えるのみである

 地面は妙にのっぺりとしている。少なくとも、土や石などによる分かりやすい起伏も無ければ、草木などが生え揃っているわけではない。


 一方の腕には、金属の鎖が結ばれている。

 重く太い鎖であり、それは同じく金属の球体へと繋がっている。分かりやすい拘束具だったが、当時の自分はその用途を解さなかった。奴隷身分人間囚人が、そのような金属と鉄球をセットにした拘束具を(主に足首に)身に着けるという知識は、その時点ではまだ無い。


 そして、背中にはふさふさとした何かが触れている。

 大きく、仄かにかい何かである

 巨大な蛾が、背中にしがみついているのである

 自分身長と同じくらい大きな蛾だったが、大きさの割に重さは感じない。むしろ軽いと言ってよく、リュックサック程度のものである

 顧みるにおぞましいが、夢の中の自分はその蛾の存在に疑問を持っていない。その蛾に対して、気味が悪いと思うでもない。それを背負っていることを、不自然なこととも思わない。

 重たい球体が自分の腕に繋がれていることにも、特に疑念は無い。

 その金属の塊を遊具一種だとさえ思っている。それを引きずり回し、体操選手の操るリボンのように意のままにせんと試みている。

 背中にぶら下がる大きな蛾の重みが、少しだけ煩わしい。

 とても静かだった。

 周囲に立ち込める沈黙と同じく、心の中も凪いでおり、穏やかであった。


 とは言え、その沈黙も間もなく終わる。

 どこかから聞こえてくる。騒がしい音で終わる。

 その音は、徐々に近付いてくる。

 やがて、その近付いてくる音によって自分は夢から覚め、音の正体をも知ることになる。


 結局のところ、その音は自分自身の泣き声だった。


 現実世界では、自分リビングの床で昼寝をしており、火の点いたように泣き叫んでいたのである

 その大きすぎる泣き声によって、自分は目覚めたのであった。

 自分自分制御することができない。

 慌てて駆け寄ってきた両親も、泣き叫び続ける我が子の存在を持て余していた。



 背中にしがみついた巨大な蛾も、腕に繋がっていた金属の球も、双方共に、現実自分にとっては耐え難いものだった。夢の中の自分は、それを少しばかり持て余すだけで、自分身体自然に触れ合う物体しか認識していなかったにも関わらずである

 今になって考えたところで、その、背中と腕に結びついた重みが何を意味するのかははっきりとしない。

 とは言え、その名状し難い重さが、反省次元を持たない幼児にさえ付き纏うという事実に、後の自分は恐々としたものである

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