2020-05-13

anond:20200510184249

王様はロバの耳!と穴ぐらに向かって絶叫しなくてはいけなかった人の気持ち最近はよくわかる。言いたくてうずうずするが言ってはいけないことが世の中にはある。それでもやはり、好きな女の顔に手をかけてマスクを取るときのあの感覚には、不思議な懐かしさと甘さがあるといいたい。あらためてこう言葉にしてみるときもすぎるが、それでも言わなくてはならないようななにかがそこにはあるし、ここにしか書けない。

話は2、3日前にさかのぼる。


「ていうか、この前のオメガラーメンは正直微妙だった」

「選んだ人がそういうこと言っちゃうかな」

第一印象で、勢いで選ぶことって人生にはあるでしょう? ときには勢いが大事。勢いが評価される」

「ないわ」

へぇ。つまんないね


咲は芝生に敷いたレジャーシートの上に寝転んだ。頭上には新しい枝を伸ばしはじめた代々木公園木々が揺れ、雲ひとつない空を縁取っていた。

まじめに、社会的距離を保って会うことにしよう、という彼女の発案にしたがって、近所のこの公園にやってきた。

お互いに手を伸ばしても届かない距離に陣取って、マスクをしたまま座ったり寝転んだりしていると、話すときにはキャッチボール相手に届くようにして声を投げかけあわないと、うまく聞きとれなかった。だからすぐに話し疲れて、二人ともそれぞれの場所で仰向けになった。

「いてっ」

何かが当たった方を見ると、芝生に黄色ゴムボールが転がった。咲はこちらに背中を向けて寝たふりをしている。その背中に軽く投げ返す。

「いてっ」

投げ合いはキャッチボールになった後、奪い合いになり、ボールを胸にあてて握ったまま騒ぐ咲を後ろから捕まえて、抱きかかえる

木の陰に立ったまま後ろから抱いていると、Tシャツごしに背中のかすかに汗ばんだ温かさと、咲の鼓動が感じられる。両手に頬を包んで顔をこちらに向けると、マスクが目に入る。咲は一瞬こちらを覗き込んだ後、すぐに眼を伏せる。

「いいよ……」

両耳にかかったストラップを持って静かにマスクを取ると、薄い唇が現れ、手に温かく湿った息がかかる。自分マスクを顎まで引き下げてキスをした後は正面から抱き合う。

「ねえ、木嶋くん気付いてたかな。私たちのこと」

「どどうだろう」

「そこ、どもるところ?」

「いや、わかんないんだよ」

「気まずいことになる? 私のせいで」

悪戯っぽい目つきでこちらを見てくる咲にすこし腹立たしくなる。

「変わんないよ。これからも。たぶん……」

陽が傾いて芝生が金色に染まる。咲は大の字で立ちはだかって、手をバタバタさせる。

「ね、最後ギュッてして。ギュッて」

社会的距離は?」

ゼロです!」

こうして僕らの社会的距離戦略はあえなく破綻し、もう一度抱き合ってから公園を後にした。

記事への反応 -
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    • はいはい森山塔なー

    • こんにちはー、〇ャスラックです‼

    • 最近は増田文学の証しとして文中に「オメガラーメン」を入れないといけないらしい。

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