2019-05-16

うまいこと言いたいだけ病

こんな夢を見た。

私は、小中高と同級生だったYさん(特に仲が良かったわけではない)と一緒に、誰かの運転する車に乗っていた。
十数年ぶりに再会したYさんは結婚して子供もいると話した。さらに話は続き、お子さんは双子だったそうだが、そのうち一人は死産であったという話題に及んだ。
その話を聞いた私は、「とてもつらいことだったと思うけれど、その子はきっと今でもYさんや、双子の片割れである自分兄弟のことを見守っていると思う」というようなことを返した。
するとYさんは激昂した。
死産だった子は何も悪いことはしていない、それなのにどうして自分の生を生きることなく「見守る」などという在り方を強制されねばならないのか、そんな作り話の善人役のようなものではなくて、多少悪いことをしてもいいから、本人の人生を生きてほしかった、そう言って泣いた。

目が覚めてから、「最悪だな」と思った。夢の中の己の言動に対してだ。

ちょうどYさんと同級生だった十代の頃、私は「人が言わないようなことをあえて言える私かっこいい」という勘違い思考に陥った女だった。
周囲が右と言うなら左、前を向こうと言うなら振り返りを促す、「みんなが気づいていないことに一人だけ気づける、ちょっと先を行った自分」を演出しそれに酔っていた。
中学生あたりならともかく、二十歳すぎまでその痛さに気づいていなかった。周囲もよく付き合ってくれたと思う。

そんな大学時代で治まっていたはずの私の痛々しい病だが、ここ数年再発していることに件の夢を見たことで気づいた。

場所SNSだ。
様々な相手から「〔私〕さんは独特な考えを持っていて面白い」「発言を読んでいていつもハッとさせられる」等々のお言葉を頂戴するようになった私は承認欲求の赴くままに、「うまいこと言ってもっと褒められたい」という願望丸出しの発言をするようになっていた。
アドバイスのようなものを私に求めている相手だけでなく、誰にともなく発言された内容にもずかずか土足で踏み込んでうすら寒いことを言って、お礼の言葉をもらっては「またうまいこと言ってしまった……」と悦に入っていた。
その中にはきっと、夢の中のYさんのように「寒いこと言ってんじゃねーよ」と思いながらも、大人対応をしてくださったかたもいらしたのだろう。

夢をきっかけにしたこの「気づき」をなんとかいい方向に持って行きたい。
他者不快にせずに発言するにはどうしたらいいのだろう。
SNSでせっかく仲良くなれた人たちと離れたくない。

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