今日は天気がよくて、お別れするのにぴったりだと思ったから。だから推しとさよならしようと決めました。
わたしが推しと出会ったのは今から3年前のこと。ちっちゃな世界で息ができずにもがいていた私に、新しい世界をくれたのは推しでした。
例えば家から一歩踏み出して、外に出ること。
世界が嫌になって苦しくてそれでも死ぬのは嫌でどうしようもないくずみたいな生活をしていたわたしは、推しのおかげで外に出られるようになりました。
伊達眼鏡をせずに、帽子をかぶらずに、そのままの顔で外を歩けるようになりました。
それに、今では電車にだって、バスにだって、1人で乗れるようになりました。
推しがわたしを日本中、そして海外まで連れていってくれました。
習慣を乱されることが嫌いで、ずっと変わらないままが良くて、変化を恐れてしかいなかったわたしでも、色んなところに行けるようになりました。
推しがいたから、わたしはいろんなところに目を向けることができました。
わたしだけの、ちいさなちいさな世界から飛び出して、広い広い世界に踏み込むことができました。
昔じゃ考えられないぐらい、人として生きられるようになりました。
ぜんぶぜんぶ、推しのおかげです。
じゃあなんで推しとお別れするのかって?
このままじゃ、また息ができなくなると思ったから。
推しが大好きで、推しの笑顔が見たくて。そんなふうに暮らす毎日の中で、だんだんと疲弊している自分に気付かされたのは事実です。
数ある現場をずっと通うこと。推しが好きだー!って気持ちよりも、周りからの声に負けることの方が多くなりました。
現場が近づくと胃が痛くなったり、頭が痛むことが増えてきたり。会場に入って、開演までの時間で手が悴んだり。挙げ句の果てに舞台中に血の気が引くことも数知れませんでした。
こんな風に、自分が苦しんでまで推しを追っかける理由ってなんだろう。
立ち止まった時にそう思ってしまいました。
わたしはここで、遠くなる推しの背中を眺めていようと思います。
推しにもらったたくさんの思い出とともに、ここで死んでいこうと思います。
全国津々浦々、どこに行ってもついてくる厄介なおたくだったのでしょうか。
わたしがいなくても世界は回るし、わたしがいなくても推しはもっともっと上にいく。
ただ、ふと昔を思い出したときにこんなおたくいたなあって思い出してもらえたら わたしの3年間は無駄じゃなかったって思えるかな。
いままで、ありがとう。
おめでとう