最近思春期の子供(小学校高学年から中学生程度)に教室的なところで勉強を教えている。学校とは違って、教える側(大人)と教えられる側(子供)は、可能であればマンツーマン、人が足りないと1対2から1対3ぐらいでやっているのだが、自分についた大人に、時間いっぱい罵倒を繰り返す子供がそこそこいる。低能ではなく、ハゲとかエロオヤジだけど。その子供には罵倒しか人とコミュニケーションする回路がないかのようで、自分が直接その子供に関わったわけではない時でも、本当にずっと罵倒を繰り返してて聞いていてかなり辛くなる。子供同士だと罵倒の応酬になるような言葉遣いなのだ。その子供担当になると、とても疲れるし、その担当になる方には尊敬しかなかった。
だが、そんな子供も、リアルワールドで接しているのでどうしても罵倒一辺倒になることは出来ない。リアルワールドでのコミュニケーションだと非言語コミュニケーションがあって、それが隙になる。罵倒に対しダメだと言いつつ質問を投げかけると、罵倒で返そうとするのだが、一瞬考えている様子が出てきたりする。そうするとやり取りする余地が生まれてくる。そこから掘り崩していくと段々罵倒が減っていく、そういう感覚がある。
また、教室によって全然罵倒する子供が出ないことがあり、観察していると子供同士でも罵倒が多い教室は当然大人にも罵倒が増える、という風に増田には見えた。罵倒を使って良い雰囲気が醸成されている場所、ということだ。
これらを踏まえて例の先生のことを考えると、非言語コミュニケーションのないネット&罵倒が溢れた空間(=増田とはてブ)の組み合わせで最悪なことが分かる。さらに大人であるから子供と違って甘えが許されない。例の先生とコミュニケーションをしてみようとした方々の努力は、自分の経験に照らし合わせても決して間違ってなかったと思う。が、しかしこれは条件が悪すぎる……。問題を抱えた大人は本当に難しい。