2011-07-15

科研費3割カットについて

博士とりたての若造が思うところを書いてみる。

実体験よりも聞きかじりのものが多いから的はずれのことを書くかも知れない。

最初は「仕方がない」だった

最初このニュースを聞いた時、感情的に言って、「仕方がないな」と感じた。

10年後の実用を目指している研究進歩を少し遅らせてでも、

今年や来年復興を優先させるべきだと思う。

から科研費を減らしてその分を復興に回すのも妥当な判断だと思う。

しかし、もしその論理だけで済むのであれば、

科研費はすべて復興に回すべきだという極論に反論ができない。

こういう状況でも研究費が税金から出される理由は何だろうか?

研究は何のためか

研究は何のためにするのか」という問の答えは人それぞれだろう。

しかし「国が研究を支援するのは何のためか」という問いは、

やはり成果の社会への還元を見越してではないだろうか。

経済的だけでなく、思想や、知的好奇心教育など、いろいろな側面がありうる。

ならば復興のための研究お金を回すべきではないのか?

今後、社会はどう進むべきか。

自然エネルギー実用化を早めることはできないか

両親を亡くした子ども心のケアをするにはどうするのがよいか

そもそも原発事故はなぜ起こったのか、防ぐにはどうすればよいのか。

放射線の影響はどの程度あるのか。

やるべきことはたくさんあるはず。

そういう研究お金は回せないだろうか?

建前と実体

通常科研費と呼ばれているものは、研究者の自由な発想に基づく研究を支援するためのものである

今回のことで、反原発派の研究者たちが虐げられてきたことがよく知られるようになった。

もしこのことを反省するならば、自由な発想に基づく研究こそ支援されるべきではないのか。

科研費の正式名称は「科学研究補助金」であり、補助金である

しか大学からもらえる研究費はわずかで、科研費なしでは研究が全く出来ないという分野もある。

すなわち国(および多数派の研究者)がどういう研究をするかをある程度操作できる。

補助金なのに補助ではなく、自由な発想と言いながら操作ができるという、

実体と建前が乖離しているのである

真っ先に流すべきは「3割カット」のニュースではなく、

「一個人の研究者として今後どうあるべきだと思うか?」という意見募集ではないのか。

国は研究者に期待をせず、

研究者自分の成果をあげることに一生懸命で、国がどうなろうとお構いなし、

という状況は異常としか思えない。

専門化

僕、個人が今回の震災について妥当な意見が言えるとは思えない。

全く専門外だから

しかし実は専門家はいないのではないか

原発専門家はいるだろう。

政治専門家いるかもしれない。

地震専門家もいる。

しかし、この震災に対して適切な調査をして妥当な判断を下す責任があるのは誰なのだろか?

それが求められているのはやはり大学ではないだろうか?

一体他に誰ができるというのだろう?

研究者研究者と呼ばれているのに、研究仕事とは言えない現実がある。

科研費カットは実はそういうゆがみを増大させるだけの気がする。

  • 科研費も縮小、薬価も圧縮、スリム国家に変身や!

    • 税金もスリムになってほしいもんだ。

      • ガリガリの病人にそんな頼もしさがあるわけないだろ。 医療費がかかるばかりだよ。

        • 高齢者福祉を支えるために他の全てが犠牲になってるんだよなあ 長生き以外の何もかもを投げ捨てている

  • 2021年に10年前の増田が掘り起こされてる。 科学研究っば、手っ取り早くて、画期的な儲けの道具って言う訳ではないもんなあ。

    • これは民主党の失策として扱われるからブクマは伸びないだろう 党派性がすべての世の中になった

  • 全くの門外漢なんだが、これってちゃんと元に戻ったりしたのかな。こういうのって減らしたら最後、減らしてもやっていけるんでしょ、とそのままになりそうで。 出生率三割減みたい...

  • 図書館もいらねーよ 道路と水道と電気以外は全部カットでええやろ

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