「まず最初に断っておくが、私はあの方法を良いやり方だとは思っていない」
俺は先ほど自分を当てなかった理由を知りたかっただけで、やり方そのものについては構わないことだった。
それでも彼が開口一番そう言ったのには少し驚いた。
「では、なぜやるのか。本当の目的は“剪定”にこそあるからだ」
「せんてい、ですか?」
「選び定める方の“選定”じゃないぞ。まあ、そちらの方が楽なのは確かだがな」
剪定とは、樹の形を整えるために枝を切ったりするアレだ。
ここでいう「樹」とは俺たち「生徒」のことで、「枝」は恐らく「意欲」だとかを指しているのだろう。
「複数の生徒を同時に教えなければならない環境。そこで教師に求められるのは、平均的な習熟度を高めることだ」
だから黒板に書いた問題を特定の生徒にだけやらせるのは、不公平だし非効率といえた。
シマウマ先生はそのことを重々承知していたが、それでもやる必要があるとも思っているらしい。
「テストで、クラスの平均点を上げる最も効果的な方法が何なのか分かるな?」
「……点が取れない生徒を除外する、ですか」
「はあ、私の話を半分しか把握できていないな。まあ個人的には正解にしてやりたいがな」
彼の授業を受けているのは俺を含めて20人。
仮に、クラスの平均点が76点だったとしよう。
この中に0点を取っている生徒がいた場合、そいつ一人で平均点を4も下げていることになる。
そいつがいなければ平均点は80になっていたと考えれば、決して無視できない比重だ。
0点というのは極端にしても、赤点を取る生徒が2人いれば結果は似たようなものになるだろう。
「富豪層が平均年収を上げているから、大半の人間はそれ以下になっていると宣う輩がある。しかし私から言わせれば貧乏人が平均年収を下げているという点を甘く見積もり過ぎている」
シマウマ先生にとって最も困った生徒というのは、そういう存在だった。
「ここに入学できた時点で、最低限の学習能力は備わっているはずだ。それで赤点をとるのはな、個人的な能力差だとか、予習復習が足りないだとか、そういったレベルじゃない」
けれど、そんな生徒でも見捨てることはできない。
学習意欲のない生徒は怠惰だが、そんな生徒を安易に切り捨てるのは教師の怠慢になるからだ。
つまりクラスの平均点を上げる最も効果的な方法、その答えは「そういった生徒に赤点を取らせない」こと。
そのためには「自分の授業を真面目に受けなかった者の末路は悲惨」という意識を植え付けるのが手っ取り早いわけだ。
「そして、私が生徒に勤勉さを求めた旨は、これまでの授業で何度も繰り返してきたことだ」
態度は示したのだから、授業中にやっている言動もそれに基づいているのは推察できるだろう、わざわざ言わせるなってことらしい。
理屈は分からなくもないが、自分のことを他人に理解してもらっている前提で是非を求めてくるのは些か横暴な気がする。
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久しぶりに見たわ
もうみんなつまんないって思ってるしやめよ?
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