2020-01-09

[] #82-10「壱弐参拝」

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一応、参拝くらいは丁寧にやろうとする。

「えーと、二礼二拍手だっけか」

「どこかで一礼も必要だったはず」

賽銭と鈴を鳴らすのって、どのタイミング?」

しかし、そのやり方を誰も覚えておらず、賽銭箱の前でまごつく。

携帯端末ネット検索すれば分かるかもしれないが、そこまでして調べたい意識だとかは俺たちにない。

「ここの神社は一礼一拍手でいいですよ」

そんな俺たちに助け舟を出したのは、同じく参拝に来ていた男だった。

最初賽銭ゆっくり入れます。鈴は鳴らさなくても大丈夫です」

羽織から手を覗かせると、男は自然所作で参拝をやってのける。

俺たちは、それを見よう見まねでやってみた。

「なんだか、もっと複雑だった記憶があるんだけど、こんなに簡単だったっけ」

神社によりけりですね。本当はもっと長い方法があるのですが、参拝客向きではないとして一礼一拍手にしているようですね」

「本当はどうやるの?」

「ここの神社場合だと、まず一礼一拍手をして賽銭を捧げて鈴を鳴らします。これで神を呼び起こすわけです。そして再び一礼し、次に八拍手して神を讃えます。ここで祈りを聞き入れてもらうための賽銭を入れます。一度目に入れた賽銭よりも金額を多めにすると良いでしょう。そして再び一礼ですが、この時は前屈運動じゃないかってくらい深々と……あ、徹底するなら禊も最初にやっておくべきですね」

新手の記憶ゲームだろうか。

「ややこしいなあ」

ホームページなどを見れば書いてありますよ」

だとしても覚える気力が湧かないし、一般人はそういう所のホームページなんて見ようとも思わない。

もし覚えられたとしても、ひとつひとつ丁寧にやっていくと数分はかかるぞ。

「つまり混雑対策で参拝方法を簡略化したってわけか」

「そんな理由で、やり方決めちゃっていいの?」

作法は、あくま手段にすぎませんから。神を敬い、讃えるために祈ることが大切なんです」

この男性は振る舞いが敬虔というか何というか。

頭は丸めていないが、実はどこかの宗派だったりするのだろうか。

「それでは、私はこれで」

弟は目が線になるくらいに細めて、去っていく男性の後ろ姿を凝視する。

「んー……どこかで見たことがあるような」

正直、俺もデジャブを感じてはいたが、あまりジロジロ見るのもどうかと思って避けていた。

「あ! 教祖だよ教祖! 生活教の!」

弟に言われて、俺とウサクもようやっと気づいた。

「ああ、そうだ!」

あいつだたか

街頭演説で見かける格好と違ったから分からなかった。

ましてや、初詣に他宗教施設を利用するなんて思いもよらないし。

「あの感じからして、かなり定期的にやってるっぽいぞ」

生活教のくせに何やってんだよ、あいつ」

「まあ歴史的に見ても、新興宗教既存宗教つまみ食いしたがるものだ」

そういえば、ハロウィンとかも普通に参加してたな、あの教祖

以前、どこかで「生活教は他宗教にも寛容です」だとかのたまっていたが、単に節操がないだけじゃないのか。

俺たち兄弟は呆れ気味だったが、ひとりウサクだけは少し神妙な面持ちをしていた。

とはいえある意味で我々も似たようなものかもしれない」

そして突拍子もないことを言い出した。

無宗教の俺たちが、あの教祖と似てるなんて笑えない冗談だ。

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