2019-12-10

二人の話

川尻くんと佐野くんはライバル

そうなはず。

でも川尻くんはいつも佐野くんを見るとき、後味悪そうな、気まずそうな顔をして見つめている。

一方佐野くんはいつも、曇りのないキラキラした目で川尻くんを見つめている。

これは本当にライバル関係なんだろうか?

それはポジション評価の時だった。

川尻くんは、メンバー選びの際、昔馴染みだという佐野くんを選ばなかった。

そして、センターで一位でというはるかに高い下駄をはきながら、さらAクラス評価されてる人たちを引っこ抜いて、より高いハンデを積み上げた。

そして、さも平等勝負であるかのように佐野君に言った。

「彼の作り上げるチームを、僕はみてみたいと思った」

しか川尻くんにはそうする権利がある。これをしたことでなにも責められることはない。

しかしだ。

あの平和主義で、人と揉めることを嫌がる川尻くんが、

なぜ古くから馴染みのある人に対して、あんなことしたのか?

馴染みの相手をむしろ取り込もうとするのが川尻君のスタイル

なのに、なぜこんな一方的な戦いを挑んでしまったのか。

今になってみると違和感が付きまとう。

彼にはどうしても佐野君に勝ちたい理由があったのかもしれない。

そして、本当にこれくらいハンデをつけないと、佐野くんには勝てないと思ったのかもしれない。

佐野くんは不思議だ。空気のように踊る。実力は折り紙付き。でもその踊りに自意識はない。

本当にただ、真っ直ぐにダンスが好き。

なぜアイドルに応募してきてしまったんだろう、何か間違えてしまったのかな?

そう人に思わせるような、つかみどころのない性格だ。

一歩、川尻くんはそれだけではない人間に見える。

彼は苦悩している、どうすればダンスで目立てるか、他人とうまくやるにはどうすればいいか

常に思索を巡らせて、ああだこうだ考えるタイプだ。

川尻君は佐野君が持っていないものを持っているが、

佐野君もまた、川尻くんが持っていないものを持っている。

二人の間に何があるのかは、私にはわからない。

誰が見ても川尻君の方が圧勝なのに、川尻くんは佐野くんに嫉妬していたのかもしれない。

川尻くんは、佐野君に、自分舞台上で自分の正しさを証明したくてたまらない、自分がこの舞台覇者であることを誇示せずにはいられない、そういうふうに見えた。

結果、ハンデを堆く積まれ佐野くんのチームは惨敗した。

そりゃそうだ。あまりにもゲームとして成立しなさすぎる。

けれども、佐野くんは恨み言ひとつ言わなかった。涙を流して己の力不足を語った。

「ふざけんな、ずるいぞ川尻

佐野君がそう言って怒ったならば、川尻くんも少しは救われたかもしれない。

けれども佐野君の反応はそれとは違くて、もっとずっと高潔で、ダンスに向き合ういつもの姿勢のそれだった。

多分、川尻君が持っていなくて佐野君が持っているもの、そのものだった。

それ以降、なんだか川尻くんから佐野くんに対する視線は、急速に罪悪感を帯びたものになる。

でも佐野くんは気づかない。川尻くんが自分にそんなことを思ってることに気づかない。悪意を向けれたかもしれないことに気づかない。

いつも下の位置から、真っ直ぐな目で彼を見ている。

悲しいことに、このプロデュース101の舞台では、佐野くんは一度も評価されることはなかった。

川尻くんにとっても、彼がここまで評価されず去ることになったのは、予想外だったかもしれない。

彼の支配するゲームの中で、佐野くんは行き場を失ってしまったのだ。

でも、佐野くんは、去り際に川尻くんにこういった。

「蓮君、ごめんなさい」

何か二人は約束をしたのかもしれない。それはわからない。

しかし、この時の川尻くんの、気まずそうな顔と言ったら、それはなかった。

佐野君のこの真っ直ぐな姿勢は、いつも川尻くんを追い詰め続けてきたのかもしれない、そう感じた。

佐野君のプロデュース101の物語は、ここで幕を閉じた。

おそらく川尻くんはこのゲーム覇者になるだろう。

佐野くんは脱落したが、それはやはり、川尻くんの支配する舞台の彩りになるには、相応しくないからだと思う。

彼にはもっと別の舞台がある。

今は心が折れてるかもしれない、けれども佐野君は、ダンスが誰より好きで、真っ直ぐにダンスだけに向き合うあの姿勢で、きっといつか、また私たちの目の前に現れてくれると信じている。

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