2014-07-12

家族がほしい

彼氏との同棲解消がもうじき本決まりになりそうで、年齢的に今後新たな異性との出会いの可能性はきわめて低く、はたして孤独に耐え切れるのかが自分の中での今後の課題になっている。

20代前半までは自分の可能性も信じていたし、結婚しなくてもひとりで生きていけると思っていた。

けれど、もともと自分を追い込むことを好んでやるマゾな性分に加えて八方美人の安請け合いを繰り返し、毒親からの干渉も重なり、うつ病になって25から26にかけて廃人生活を送っていた。

お薬と認知療法に救われて今はそこそこ人並みだが、いまだ断薬へのプロセスは一進一退でもどかしいほどに進まなくて、身体は常に重くだるくて、眠気は一日中抜けず、何より心の根底にある無気力感と虚無感がなかなか抜けない。

同棲は、おそらくうまくいかないだろう、という予感はあった。けど、大それた希望わずながら見出している自分もいた。もしかしたら、この人とならわたしも普通に生きられるのかもしれない、と感じることもあった。しかしやはりそれは夢想しかなかった。同棲解消の原因はお互いにあるし、それで過剰に自分を責めることも、相手の非をあげつらうこともしたくはない。ただ、噛み合わなかったのだ。でもわたしは、本当に、まだ何も知らなかった子どもの頃以来ずっと忘れていた感覚を思い出してしまったのだ。家に帰ったら、おかえり、と言ってくれる人がいることのありがたさ。夜中目が覚めたら、隣に寝息を立てている人がいることの安らぎ。何を話すでもないけれども、そばに人がいることのあたたかさ。自分料理を一緒に食べてくれる人がいることの楽しみ。

一人暮らしの詫びしさが、年を重ねるごとに身に迫る。

前は何でもなかった孤独という名の重しが、今はひしひしと音を立てて自分にのしかかってくる。

結局わたしは、彼を愛していなかったのかもしれない。

ただ孤独を埋めるために、彼を利用しただけなのかもしれない。

同棲に乗り気なのは彼のほうだったが、生育環境の違いでここまで違いがあるものかと驚くほどに、とにかく一事が万事、噛み合わなかった。

互いになんとかしてうまくいかせようと妥協と譲歩を繰り返し、その結果がこれだ。

シェアハウスを探したが、ド田舎のこの近辺では、メンバー誕生会やイベントを頻繁に行うような交流メインのところが一件あるだけで、それもなんか違うように思って諦めた。

転職して都会に出ることも考えたが、仕事は気に入っているし、何よりうつ病からの一進一退を繰り返している自分にはそうそう簡単には現実的仕事は見つかりそうもない。

なんで、やっぱり、この土地で今の仕事を続けながら一人暮らしをするしかないのかもしれない。

孤独に耐えうる何かがほしい。

猫は昔から飼っている。

仕事上がりにふらりと飲みに誘える仲間もいるし、学生時代からの友人だって

でも皆、家庭を持っている。

家族とうまくいかなかった人間が新たな家族を求めるのは、おこがましいことなんだろうか。

努力が足りなかっただけなのだろうか。もっと努力すれば、うまくいくようになるのだろうか。

これまでの人間関係で学んできたことをよくよく肝に銘じ、親との関係で歪んでいる部分を客観視しながら、努力はしてきたつもりだった。

笑顔と思いやりを大切にして暮らしていきたかった。

でも自分には、やっぱりその資格はないのかもしれないな、と今は思う。

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