https://note.com/hokusyu/n/n86fc22c5b231
そもそも、元ポストの「やす子オリンピック」。素直に感動した人には申し訳ないが、個人的にはかなり歯が浮いてしまうポストだと思ってしまった。私はオリンピック本体も欺瞞的だと思っているので特殊かもしれないが、あのようなポストをみたとき「うわぁ」となってしまう人間もいるのだということは理解してほしい。
これ。やす子さんのポスト自体は特に面白いとも感動したとも思わないんだけど、この拒否感はまったく理解ができなくて驚いた。
そりゃオリンピックは私も欺瞞があるなと思うし、現実には競争が強いられることがあるなかでなかなか皆が「優勝」と言える気分にはならないかもしれない。
ただ、それでも皆が振るい落とされることなく肯定的な気持ちを持って生きたいよなあとぼんやりと感じて生きてる。それは知的障害があるかもしれないと医師から言われてる、成長に遅れのある子を抱えていて、いつも誰かの子と比べてばかりで疲れる私だからそう思うのかもしれない。
面白くなくても、歯が浮いていても全然いい。安全で柔らかい言葉が欲しいという気持ちが私にはある。いいじゃん、みんな優勝、みんな普通、みんな合格。みんなOKで。子どもを連れて診察室に行くとそう言いたくなることがほんとうにある。だからやす子さんのポストにはそうだよねー、と思っても元記事の著者の感想にはものすごく距離を感じてしまい、戸惑ってしまう。
私は、そういう感想を持つことを否定したいわけではなくて、そういう拒否感を抱く感性が全く無いので、この辺りできればもっと言語化してほしいなと思う。私が良かれと思ってかける柔らかい言葉が、本音の気持ちが出せなくなって人を窒息させてしまうこともあるかもしれないから。