2020-04-19

コロナで亡くなるということ

勤め先の利用者さんが亡くなった。

先週熱が出て、下がらなくて、5日目の夜救急車で運ばれて、検査の結果は翌日に分かり、2日くらい元気で居たみたいなんだけど、急変しICUに、そこから1日たたずに亡くなった。もともと心臓も弱くて、どんな病気に罹ってもヤバい人だった。もともと余命いくばくと言われたままなんやかんや数年生きて、そこがまた可笑しかった。

施設で生きるちからがめちゃくちゃつよい人だったと思う。人を見るとニコニコして、身体がついていかないのに愛嬌を振りまいて、トイレもお風呂もつきっきりで介助度高いのに疎ましがられることなく、あの人をきらいな職員なんかいなかったと思う。ただそこに居て、その日いちにちを穏やかに終えられればいい、それがその人の役目だった。

きっと、わけがからないままに苦しいなあと思いながら亡くなったと思う。その人のことが大好きな主治医先生(その人のおかげでコロナ対応じゃない病院に入れてもらえた)のもとで。

流行病で人が、社会的に自立できていない人が死ぬということ。

それはやるせないことだ。どんな死だってそうかもしれないけど。

しかしたら逃げ切れたかもしれない人を、守ってあげられなかった。今必死で逃げているときに、その人を連れて行ってあげられなかった。

病院に行く前に、検査結果が陽性になる前に、もしかしたらできたことがあったかもしれない。

しろ、我々がそばに居たからこそ、こうなってしまったのかもしれない。

暗く、冷たいやるせなさが、終わったあとに襲ってくる。

コロナはこわい。

感染力が高いというのは、触れたものすべて冒してしまうとかではなく、知らないあいだにウィルスを振りまく宿主の数がとても多いということで、それに改めてぞっとした。

施設という環境で、もうどうしようもないこともたくさんあるのだ。他者他者に関わらないと、仕事も命も成り立たない人間ならではのシステムウィルスはそれをとても効率的方法で壊しにきたのかもしれない。

今もずっと、元気な職員が働くしかない。他に方法がないんだから

もう誰も、死んでほしくない。それはただ、無力な祈りだ。

それにすがるしかない、遺された人への救いだ。

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