オナネタ(そういえばオナペットってもう死語なのかな)は、クラスの女の子だった。
かれこれ15年近くオナニーをしてきたわけだが、インターネットの発達でAVをレンタルビデオ店に借りに行く必要もなくなり、今ではスマホでブラウザのブックマークにアクセスすれば、毎日数えきれないオナネタが更新されている。
結婚して子供もいて、もうすぐ40歳になるも関わらず、よく飽きもせずにこんなことを夜な夜な継続的にやってるなぁと自分に感心すらしてしまう。
中学1年生の時は、こうして毎日飽きもせずオナニーをしてる自分の姿なんて想像してなかった。
そんなことを考えていたら、ある父親との会話が急に記憶から掘り起こされた。
関西から東京に出てきてから20年近くが経つが、それは自分が20歳前後で、大学の夏休みに関西の実家に帰省したときのこと。
父と母と酒を飲みながら家で食事をしていた。
三人とも酒が回って楽しく会話していた中で、当時50代前半の父が発したある言葉が印象に残っている。
父から発せられた「オナニー」というワードが、家族の食事の場に似つかわしくなくて、驚いた覚えがある。
その話しぶりから察するに、父はその年になってもオナニーに励んでいたようだった。
もうその時には立派なオナニストであった自分だが、「父親がオナニーをしている」ということを想像すらしたことがなく、「どこでしてる?トイレ?風呂?職場?」ということが気になりつつ、また、「そんな歳になってもオナニーしてるもんなんだぁ」と妙に感心した記憶がある。
嫌悪感を感じるということはなく、「父親もひとりの男なんだなぁ」と改めて感じたものだ。
俺は何歳までオナニーするのかなぁ。
そんな父だが、60台後半という年齢にして、この一年ぐらいで認知症に罹り、あっという間に色んなことを忘れた。
もう寝たきりに近くなり、実家に帰っても俺のことを誰だかよく分かっていないようだ。
日に日に痩せ細り、言葉を発しなくなった父の写真が家族のグループLINEに送られてくる。
年に数回しか帰ってあげられない俺。
今度帰った時は、父と何の話をしようかな。
既婚者は個室ビデオが捗る
今日も男は親思い